蛇崩プロは諦めない~ゴルフと奇術と、時々、二八蕎麦~
何時いかなる時でも、どんな状況であろうと決して諦めない……
蛇崩プロというのは、そういう人である。
「いい天気だ、今日は絶好のゴルフ日和というやつだな」
晴天、微風、気温28℃、もしゴルフ日和という気候状況があるとすれば、今日がまさにそういう日だろう。しかし、だからといって勝てるというわけではないのが、ゴルフというものだ。
ゴルフというものは案外奥深いスポーツで、単に棒で球を飛ばせばいいわけではない。風を読み、コースの距離で戦略を考え、そこに技術と精度を積み重ねていく。そういう建築学のようなスポーツだ。
申し遅れた、私の名前は深泥池さん。平日は立ち仕事の接客業をこなし、土日はキャディーをやっている働き者、日焼けが気になるお年頃の25歳だ。
そして目の前で爽やかな好転を浴びているのが、プロゴルファーの蛇崩プロ。プロ生活20年、そろそろ体のケアが重要になってくるお年頃の45歳。
誰よりも弾を飛ばせるわけでもなければ、誰よりも正確な技術があるわけでもない、もし点数をつけるならあらゆる能力が70点、ただし執念という1点においては120点。蛇崩プロは決して諦めない姿勢で生き残ってきたタイプのプロだ。今日もきっと最後まで諦めずに堅実に勝ちを拾う、蛇崩プロというのは、そういう人である。
例え相手が誰であろうとも。
例え相手がマジシャンであろうとも。
「はっはっは、蛇崩プロ。絶好のゴルフ日和ですな、では先手は僕から」
この男は佐奇森というマジシャンで、マジシャンというのは日本語でいえば手品師だ。奇術師とか魔術師ともいうけど、とにかくそういう職業だ。
おそらくきっと、手品を用いた卑怯な手段を用いてくるだろう。例えばクラブに細工を施して、急激なカーブを描けるようにするとかそういう感じの。
私も蛇崩プロもそう考えていた、その程度の小細工を用いてくると。
しかし、それは甘い希望だった30秒後に思い知ることになる。
佐奇森の打った1打は平々凡々、飛距離もそれほどでもなく、落ちた場所も有利に働くような場所でもない。点数をつけるならば10点、そんな1打だった。
一方、蛇崩プロはナイスショット。距離、落下位置、転がり具合、どれもが良い感じの、まさに力量差を見せつけるような1打だ。
ところでゴルフというのはボールを打って、落下地点に移動して、ボールを見つけて、次の1打を打つ。そういうスポーツなので、打った後はボールを見つける必要がある。
しかし佐奇森の打ったボール、それが落下地点周辺の何処にもないのだ。そういうことは稀にある、思ったより飛んでいたり、思ったより転がっていたり、或いは何かしらの卑怯な手段を用いて実際よりも遠くに運んでいたり。
佐奇森はどういう手段を用いたのかわからないけれど、とにかくボールは思った以上に遠くにあった。蛇崩プロのボールよりも30メートルほど先、転がったにしてもありえない位置に落ちているのだ。
「貴様ぁ、一体なにをした!?」
「蛇崩プロ、私は何もしていませんよ。僕が何かしたというのなら、証拠を出して欲しいですなあ」
ゴルフというのは紳士のスポーツである。紳士に言い掛かりは許されない、紳士であればあくまでも証拠を構えて異議申し立てを行う、そういう必要があるのだ。
そして佐奇森が何かをしたという証拠はない。というよりは見つけられない、というのが正しい。なぜなら蛇崩プロはゴルフ以外は本当に何も知らないような人なのだ。流行りの曲も、セルフレジの電子決済も、なんだったらスマホの使い方も知らない。棒で弾を打つ以外のすべてを忘れてきたような人なのだ。
当然、手品の種明かしなど出来るわけがない。
「はっはっは、蛇崩プロ、また私のボールが遠くにありましたな」
「はっはっは、蛇崩プロ、私のボールはグリーンに乗りましたぞ」
「はっはっは、蛇崩プロ、お先に」
1番ホールは佐奇森が1打差をつけて勝利した。
手品を用いた常に蛇崩プロの1歩先を行く戦法で、このまま刻むようにじわりじわりと差をつけていくと思いきや、蛇崩プロの手品知識の無さを見抜いたのか、さらに大胆で卑怯な手段を発揮していった。
「はっはっは、蛇崩プロ、ボールがバウンドしておりますぞ」
2番ホールでは、硬いゴルフボールをスーパーボールのように不可思議なバウンドをさせてグリーンまで運び、本来6打はかかるところを2打で攻略。圧倒的な大差をつけたのだ。
「ボールが消えた! こんなの無しだろう!」
「はっはっは、蛇崩プロ、真摯なら証拠を出したまえ」
6番ホールでは空に飛んだボールを消して、いつの間にかホールインワンしているという反則以外の何物でもない技を使った。
「今度はボールが増えた! どれが俺のボールなんだ!?」
7番ホールでは逆に蛇崩プロの打ったボールを30個以上に増やして、どれが本物かわからないなら責任持ってすべて打つべきだ、という紳士の暗黙の了解を逆手にとって、200打以上使わせたのだ。
この時点で蛇崩プロの腕はパンパン、本来であればメンタルもバッキバキに圧し折れているはずだった。
しかし蛇崩プロとは決して諦めない、彼の辞書に諦めという文字は無いのだ。
「はっはっは、蛇崩プロ、もう諦めたまえ!」
「くそぅ、打っても打ってもボールが後ろに飛んでしまう!」
それにしても手品というのは多種多様なもので、10番ホールでは蛇崩プロのボールは常に後ろへ後ろへと飛んでしまう。ならばと機転を利かせて後ろを向いて反対方向に打ったら、今度は真っ直ぐ遥か遠くに飛んでしまい、結局このホールは佐奇森が飽きるまで100打も無駄打ちさせられた。
「くそぅ、俺の真上だけゲリラ豪雨が!」
「はっはっは、蛇崩プロ、落雷に気をつけたまえよ」
「くそぅ、俺のボールだけ戻ってきてしまう!」
「はっはっは、蛇崩プロ、ボールに好かれ過ぎですぞ」
徹頭徹尾こんな調子で、17番ホールを終えた頃には、まさかの500打以上の差をつけられてしまったのだ。
蛇崩プロの眼には涙が浮かび、ボロボロになった背中には哀愁が漂う。無駄打ちで潰された両手は最早振り上げることも叶わず、出来ることといえばパターで転がしていくくらい。
しかし、それでも蛇崩プロは諦めない。
「佐奇森、貴様のやっていることは正直さっぱり見抜けない。だがな、俺は絶対に諦めない。俺にはプロとしての誇りと矜持があるからだ。そう、あれは俺がプロを目指した高校生の頃」
ところで私、深泥池さんがどうしてキャディーをやっているかというと、まあ単に今住んでいる実家から近いからなのだけど、キャディーというのは、いわゆる年配のおばさんのする仕事かと思いきや、意外にも学生のバイトも多く、中には男性もいたりする。男女比でいうと1:9、圧倒的に女子社会な女子職場なので不思議に思って、バイト学生の富田林君に尋ねてみたところ、最近はコンプライアンスが色々厳しいので、男性ゴルファーが男性キャディーを指名することも少なくないのだとか。もしかしたら近い将来、キャディーの比率は5:5くらいになってしまうかもしれないけれど、だいたいコンプライアンスで叫ぶのは年配のおばさん連中なので、そうなった時には年配のおばさん連中を恨んでほしい。私はしょせん土日だけのアルバイトなので、別に恨んだりしないけど。
しかし急に明日から来なくていい、なんてことになったら流石に恨み言のひとつもいいたくなるし、もしかしたら恨み手裏剣のひとつでも投げるかもしれない。
そう、私は土日は愛想よくキャディーをしているけど、平日は忍者をやっているのだ、ニンニン。忍者の主な仕事は外国人観光客の体験教室が8割、企業スパイが1割、暗殺が1割。汚れ仕事とファニーな仕事の割合が二八そば的な感じで入り乱れているのだ。個人的には蕎麦は二八であるべきだと思うけど、中には十割蕎麦でなければ認めないという蕎麦原理主義過激派もいるのが困ったところ。
今は蕎麦の話はしていない、忍者の話をしている。
そう、私は忍者であるので、当然忍術も使える。手裏剣投げるのは朝飯前、投げた手裏剣で野菜を切って、火遁の術で火を起こし、あとは普通の手順で味噌汁を作ってしまう。そんな腕前の持ち主なのだ。
なので見るに見かねて、ちょっとばかり忍術を使ってしまっても仕方ないのだ。
「というわけでな、佐奇森! 俺は決して諦めないと誓ったんだ!」
「蛇崩プロ、僕はあなたのことを誤解していたかもしれない。ただしぶといだけの凡人、そう思っていた。しかしそうではなかった……ならば僕もマジシャンとして全力であなたを叩き潰してみせよう!」
なにやら向こうは盛り上がっているけど、こっちは蕎麦とか味噌汁とか考えていたから、さっぱり話についていけない。
そして話に夢中で私の一挙手一投足にまったく気づく気配がないので、静かに佐奇森の背後に回り、首に手をかけ、頸椎をコキャッと外して、昏倒したところを幻惑剤と覚せい剤とテトロドトキシンと、ハイチから取り寄せたゾンビパウダーを混ぜ合わせた秘伝の粉薬(ドクペ味)を飲ませて、頸椎を戻して立ち上がらせた。
「うあぁぁぁぁ……うあぁぁぁぁ……」
意識朦朧とする中、壊れた玩具の様にボールを打ち続ける佐奇森と、そんなことはお構いなしに一心不乱にパターで着実にグリーンへと近づいていく蛇崩プロ。なんというか兎と亀みたいな話だなあ、とか考えてしまったけど、仮に保育所で読み聞かせたら保護者の方々から鬼のようにクレームが飛んできそうなので、間違っても読み聞かせないようにしよう、なんて思っていると、
30打ほど使って蛇崩プロ、執念のチップイン。
一方、佐奇森は20打ほど空振りを繰り返して転倒、悶絶、そのまま気絶。途中で試合放棄ということで、蛇崩プロの決して諦めない執念が勝利を呼び込んだのだ。
忍者の力だろって? そんなことはない、蛇崩プロの諦めない姿勢が勝利を読んだのだ。
忍者の力なんて添え物、白ごはんにかけるフリカケ程度に過ぎないのだ。フリカケが主役か否かと問われれば、まあ十中八九主役であると答える主義者だけど。
「深泥池さん、今日もありがとう。君と組んだ日は、俺は不思議と絶対に負けない、そんな気がするよ」
「いや、実際に負けてないですから」
そう、屈強なグラディエーターとやった時も、天候を操る祈祷師と戦った時も、ヤクザと戦った時も、ロシアの殺人サイボーグと戦った時も、蛇崩プロは決して諦めなかったし、最終的に私の忍術で勝ちを呼び寄せたのだ。それは忍者の力だろうといわれると否定できないけど、しかしどれも蛇崩プロの諦めない姿勢があってこそ。
割合でいうと忍者2の蛇崩プロ8、まさに二八そば的な勝利なのだ。
そうだ、今日は二八そばにしよう。めでたいから天ぷらでも乗せて。
(おわり)
小説です。
ゴルフ好きな人にアイアンでぶん殴られそうな内容ですが、ゴルフは全く知らないのでご勘弁を。
昨日、バスに乗ってたらゴルフ場の前を通ったので思いついたのです。しいていえばバスが悪いです。いいえ、バスは悪くないです。
私も悪くないです。
じゃあ、ゴルフが悪いじゃん!