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短編「喫茶店にて」

「実際、俺に興味ないよね?」
 うわー、なんでばれたんだろ。
 ごまかすようにクリームソーダにのったアイスを一口食べた。
 せっかくさっきまで楽しいデートをしていたのに。上野の動物園でパンダを見て、喫茶店でお茶をして、座り心地のいいソファに身をしずめてゆったりとしていた私に、彼は不意打ちを食らわせた。

 この前のちょっとしたけんかをまだ引きずっているのだろうか。

 おそるおそる彼を見上げた。なんとも思ってないようにも、感情を抑えようと我慢しているようにも見える。
先に好きになったのも、付き合ってくださいと告白をしたのも私だった。バイト先が一緒で、よく話した。
 好きになった理由は、彼が何でも食べる人だったからだ。彼は太っているわけでなく、むしろ痩せている方なのだが、量もたくさん食べた。
 私はお酒を飲んでいるとき、あまりごはんが食べられない。でも食べている人を見るのは好きだ。だから前の恋人が会食恐怖症で外食ができず、ちょっと不満だった私は、たくさん食べて飲む彼をとてもいいなと思った。
 趣味はぜんぜん違った。私はロックバンドが好きだけど、彼はなんとかというアイドルグループが好きだった。でもそれでもいいと思っていた。お互い押し付けないし、彼の好きなところは他にもたくさんあった。
 どこでかけちがえたのだろう。
 今までの楽しかったデートを想い出してみる。この前美術館の帰りに一緒に行った喫茶店もよかったな。卵サンドがマスタードがパンにうすく塗られていておいしかった。長野にも日帰りで旅行に行った。冬で寒かったから、お店であったかいお蕎麦を頼んで、彼は眼鏡をくもらせながらふーふーして食べてた。居酒屋に行くと、決まって一杯目はハイボールとレモンサワーだった。
 
 あれ、食べものの思い出ばかりだな。

 何も言えなくて、グラスに映る自分の顔を見た。退屈そうな顔をしていた。
 いやだな、この時間。炭酸の泡の数でも数えようかな。
「なんか、言ったら」
 しびれを切らしたように彼は言った。見ると彼のコーヒーカップは既に空っぽだった。私の好きな、白くて細い指先が、吸いかけの煙草を灰皿に押しつけた。私は黙ったままだった。

 実のところ、君の好きな音楽も見た映画の話も、君の友達のこともまったく興味がありません。ごめんなさい。
 
 言えるはずがなかった。
「じゃあ、もういいよ」
そういってバッグと伝票を持って、彼はいってしまった。
「さよなら」
 かろうじてその背中に、最後の言葉をかけた。

 私はアイスクリームが溶けたクリームソーダを、一気に飲み干した。


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