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発達障害×言語表出

あくまで個人の経験・考えです。
全ての発達障害の人に当てはまる内容ではありません。
参考までに、今の自分の障害は、服薬していれば正職員として働くことができ独居も可能な状態です。
受けている診断名は自閉症スペクトラム(ASD)です。


私は、もともと言語表出が苦手なタイプです。

WAIS-Ⅲでの「言語理解」の数値は平均よりも高く出たのですが、「言語理解」の中での凸凹があります。

今でも、表出は得意ではありませんが、人並み程度に近づいてきたのではと感じることもあります。

振り返って書きます。


小学生の頃

発表が苦手でした。
低学年の頃、クラス全員が1人ずつ自分について発表していく場面があったのですが、私だけ無言で固まってしまい、何も発表できませんでした。
大人しい子も含めてみんな発表したんだから、と担任から急かされましたが、言われれば言われるほど固まっていきました。

発表の他にも、作文が苦手でした。
文字数を伸ばすことばかり考えていました。
作文を発表させられるのも非常に嫌で、「なんで発表なんかさせられるのか」と理解できず不満でした。(反抗できるタイプではなく、服従してしまうことが多かったです)

高校生の頃

大学入試で落ちたときのために、高校の先生が面接練習をしてくれましたが、ほとんど答えられませんでした。
特に、「自分の長所や短所」といった質問では、何も出てこず、ぼろぼろと泣いてしまい面接練習になりませんでした。

大学生の頃

レポートがとにかく書けませんでした。
文系の大学だったため、毎週何かしらレポート文章の提出を求められました。
設問に対して答えは一言で言えるのに、なぜ800字も書かないといけないのか理解できませんでした(今なら書けると思います)。

自分のゼミの先生の講義のテストでも、記述回答の問題で何も書けず、ずっと固まっていたのを覚えています。

他の記事にも書きましたが、実習日誌にも苦戦しました。


就職してから

子どもの支援内容の記録について、褒められたことがあります。
大学の講義で、記録の書き方について明確に教わったからだと思います。
その講義の内容は、今でも少し覚えているくらい、スッと頭に入ってきました。
記録には、自分の思いや考えよりも客観的事実を書くようにしていたため、書きやすさがありました。

業務全般では、わからないことを自分から質問・相談するという発想が持てませんでした。
「手取り足取り教えてくれない周囲が悪い」と感じつつ、先輩から何か教えられると「なんでこの人に言われないといけないんだ」と不満を感じていました。
我ながら、非常に扱いにくいタイプで周りに迷惑をかけたと思います。

あるときから、職場のブログ更新の業務を行うことになりました。
良い文章を書いて上司に褒められたいという気持ちが動機でしたが、自分の考えをまとめて発信する練習になりました。

同じ時期に、マインドフルネスやカウンセリングに取り組み、人とかかわるときの緊張度が弱まっていきました。
感じたことを言葉で表出しやすくなっていき、「何かあっても固まらずその場で対処できる」と自信が持てるようになったからです。
人前に出ることへの抵抗感もなくなりました。

その後、中間管理職になり、自分の考え を上や下や横に説明する機会も増え、苦しいこともありましたが、必要に迫られて話す力をつけてきたと思います。

相手にとってわかりやすい伝え方にも気をつけるようになり、聞き返されることも減り、順序立てて話すことの必要性を感じられるようになりました。
このブログも、良い練習になっています。

ただ、とっさに反論したりその場で自分の要求を伝えたりすることはまだ苦手のようです。
「そういうことじゃないんだけどな…」とモヤモヤするけど言語化が難しいことが時々あります。

また、服薬量(リスペリドン)を増やすと、とっさに口が回らなくなったり、言葉の想起にやや時間がかかったりすることが多いです。

まとめ

社会人になった後、ブログ等で言語表出の力を伸ばせたのは、
自分が「やりたい」と思うことだったのと、「やらなきゃ」と自分にとっての必要性を強く感じるものだったからだと思います。
誰かに指示されて、気持ちが乗らない状態でやっていたら、何も変わっていなかったと思います。

発達障害当事者やそのご家族、支援者の方にとって何かヒントになれば幸いです。
ご質問などあればコメントをください。

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