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【BOOK REVIEW】都心周縁コミュニティの再生術 −既成市街地への臨床学的アプローチ

URBAN BOOK REVIEWは、都市計画・まちづくり分野における書籍や論文などを対象に、概要のまとめと、私のメモを抽出し、簡潔にまとめていく。

今回は、2021年12月に発行された、「都心周縁コミュニティの再生術ー既成市街地への臨床学的アプローチ」をレビューする。

1. OVER VIEW

本書では、都市拡大期のインナーシティ問題に対する、都市成熟・脱成長期における都心周辺部の再生手法として、地域コミュニティを軸とした「インナーコミュニティ」を提唱する。

空間需要が低下し開発圧力が弱い地域で、リノベーション、小さな共同化、パブリックスペース活用といった、コミュニティベースの小規模な事業を積み重ね、面的に広がり、市街地の物理的・社会的環境の再生へと展開させる手法としている。また、これは、都市計画や地域再生における持続可能性やレジリエンスの向上に対する手法としての文脈に位置付ける。

これらの概念を「対象」「再生主体」「再生アプローチ」に分解でき、取組みを「評価」「計画・事業制度」によって支える。この視点を、13の事例から分析していく。

これらの中でも中心的かつ、参考となる事例は、1-1MAD CITY、1-2CET、1-3栗田地区、2-1錦二丁目、3-1天王洲、3-3釜川地区のように思われる。各事例とも、綿密な事例調査・分析を通して、学会論文等にとなっていることからも、詳しく経緯や事例を把握することができる。

これら事例紹介の最後に、インナーコミュニティ再生手法としての論考が展開される。特に、「再生の基本戦略」、「多様な仕掛け人による資源の新結合」、「インナーコミュニティ再生を支える構想・計画」の部分が個人的には参考になった。

「再生の基本戦略」は、①明確でポジティブな地域ビジョンを共有、②不動産利活用のハードルを下げる、③意図的に空隙を作り出す、④たくさんの「小さな改善」を積み上げる。そしてジェントリフィケーション問題、大規模開発の分断の課題に対して、適度な更新の規模とスピードをコントロールし、小規模連鎖型開発を誘発することが必要とする。

「多様な仕掛け人による資源の新結合」は、経営学の経営資源論に基づき、人的資源・情報資源・財源・物理的資源の4つの要素から、起業的アプローチ、共創的アプローチ、制度的アプローチの3つのアプローチを定義する。実際は地域の実情によって状況が異なるため、これらの視点から適材適所でアクションを起こしていくことが必要とする。

「インナーコミュニティ再生を支える構想・計画」は、これまでの都市計画やマスタープランのような構想や計画が必要か、どのような役割を持つかを、各事例を用いて考察する。各事例では、それぞれに構想・計画を持っているが、それは新しい主体やプロジェクトの形成、地区のビジョンやその実現手段に対する多様な主体の共通意識の確認、それの行政施策への反映、地域と行政の協働推進といった機能を見出している。


2. PICK UP MEMO

本書のうち、中心的な論展開や明確な結論提示が出されている訳ではないが、気になったところ、重要・共感する点を抽出していきたい。

POINT 不動産転貸事業と賃借人への業務委託(1-1 MAD CITY)

空き家に近い不動産を所有者から廉価に借り上げ、原状回復なしで居住者(賃借人)がDIYにより改修していく転貸事業を行う。この居住者は、アーティストやデザイナーなどが入居し、賃上げの際には、MAD CITYから、地域に関する仕事の業務委託を行うことで相殺するようなスキームを組んでいるとのこと。信頼関係をベースとした再現性が難しいようではあるが、ある種、大きな資金調達などは初期段階では求められないハードルの低さがどこでもチャレンジできるようではある。

POINT 小規模事業と市街地再開発事業の連携(2-1 錦二丁目)

話がそれるが、私の取り組む「エリア・ディベロップメント」研究にとって、とても参考になった事例。この「エリア・ディベロップメント」の概念は正確に定義していきたいが、大きな視点としては、対象敷地のみを焦点とした大きな都市開発によって生じる分断に対して、エリアで捉えて、大きな都市開発も小規模な事業も一体として捉えて、連携しながら、社会的価値を創出していく手法と考えている。

少し飛ぶが、本書P211に、佐藤滋氏の言葉の抜粋を交え、こう記載されている。「まちづくりでは、大きな開発と小さな事業は物理的環境としては不連続だとしても、大きな対立があるというよりは相互補完の関係にあると述べている。両アプローチの融合のあり方については、今後さらなる研究が必要である。」これはとても共感できる部分である。

話を錦二丁目に戻すと、当事例は、リノベーションなどの小規模事業だけではなく、「錦二丁目ストリートウッドデッキ」などの公共空間に関するプロジェクトがとても充実している。そして、当地区内に市街地再開発事業が進められており、正しく、大きな開発と小さな事業の連携を図られていると見ることができる。中でも、2018年に設立された錦二丁目エリアマネジメント会社は、再開発ビルの共用部分に拠点を置き、エリアマネジメント事業を展開し、また取得した保留床で賃貸事業を行い活動資金調達を目指しているという。非常に面白い取り組みであるとともに、この「連携」がどこまで図られるかが引き続き気になる部分であり、課題となる部分であると考える。

POINT 再・再開発の将来像に代わるアプローチ(3-1 天王洲)

1961年に制定された特定街区制度により、日本で最初の超高層ビル「霞ヶ関ビル」が竣工したのが1968年。それ以降、さまざまな都市開発諸制度の制定とともに、多くの超高層ビルが建設されてきたが、すでに数十年経過し、再開発を再開発する「再・再開発」の議論が出てきて久しい。
一方で、天王洲のボンドストリートエリアの事例考察では、都心周縁という立地で、大規模な再・再開発による将来像は描きにくく、むしろこうした状況下だからこそ、地権者が「小さな改善」に目をむけ、地道なエリアマネジメントを長期に渡って推進してきたとしている。
この部分は、都心周縁という経済状況下の観点から述べられているが、都心部についても、このまま経済的価値や公共的価値を追求する再開発が社会的に許容されるかどうかは分からない。そういった意味では、都心部においても、とても重要な視点ではないかと言える。


POINT 大規模開発による分断を超えて(5-3 論考)

上述した再生の基本戦略に記載されている市街地の更新の規模やスピードの適切な「程度」に触れている。地域の既存文脈をはるかに超えるような大規模開発は、地域コミュニティの分断、継続性を失い、弱体化していくとして、地域に過度なインパクトを与えない規模の開発を導入することで、その後の誘発を狙う「小規模連鎖」型の開発を推奨している。分断の課題について、共感できる価値観であり、上述した、大きな開発と小さな事業の連携も一つのビジョンとなりえる方法を模索できると良い。


3. おわりに

以上、持続可能性がより求められていく社会において、なかなか焦点を当てづらく、言語化・ストーリー化しづらい内容を、追求しているように思えた。自身の参考になったのはもちろんのこと、これからの都市再生や都市開発、市街地整備を考えていくための重要な視点や価値観を見つけることができるのではないだろうか。


参考:都心周縁コミュニティの再生術−既成市街地への臨床学的アプローチ、日本建築学会、学芸出版社、2021/12/10

metown web article: https://metown.herokuapp.com/articles/94

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