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霜月から師走

冬の気温と忙しない気分の1年の終わりの月が始まった。
終わりの始まりに私は家で寝込んでた。
今年2回目の死を想いながら。
11月27日月曜日に朝から38度の熱を出して、次の日には最高体温が39.5度。
足腰下腹部が痛み、胸も痛み、私が死んだ時に最低限必要なことをいろいろ同居の長女に伝えた11月28日夜。
ネット購入のコロナ&インフル検査キットで新型コロナの陽性反応。
月曜の朝は早すぎたのか反応なしだったけど、火曜の昼にはしっかり出た。
感染源は23日夜から喉が痛いと言い出した長女。
そんなにそばにいた時間は長くなかったのに、気が付けば、私も発熱。
新型コロナウィルスの感染力、かなり強力と実感する。
29日は朝から昼までは体温37度前後と良好だったけど、午後から再び38度から38.8度の夜。
11月29日は肉好き長女のお誕生日だけど、ケーキもご馳走もなしの寝籠り生活。
まあ、原因が本人だからね~。
ワクチン接種もなんだかんだと理屈をつけては受けず。
最近はマスクもせずに、おそらく電車で爆睡してたはず(彼女も長距離通勤)
まったく親のしつけがなってない!顔が見たいわ!ってことで、鏡を見る。
あはは、私だものね。
でも、一緒に住んでないのに、10年以上会ってもいないのに、そういうちょっと社会をナメタところが、父親に似ていて、ちょっとなんだかな……。
そして、ワクチンも打っていない長女の方が、倍の年齢の私より回復が早い。
なるほどね。
50代後半になったらいろんな病に油断大敵だ、そう、これまでよりもっと。

29年前の29歳の私が11月29日に母になって29年の記念日はそんな感じ。

夜になると高熱でうなる3日間。
胸の痛みもあって、メメント・モリ~死を想え~な3日間。
「良い58年間だったな。今、死んでも良いな。後悔はないな。何者にもなれなかったけど」
「ヘンなもの残してないかな」
「死後の始末で娘に言い残したことないかな」
「ありがとうも言ったし…、次女には死んだらこちらから一っ跳び会いに行こう」
「2名(命)のにゃんずより先になっちゃったら虹の橋で待ってよう」
とか、
本気で死を思った3日間。
痛みなく死ねるのなら、それが ”今”でも何の未練もなかった。

4日目の木曜日は38.3度まで午後上がったけど昼寝で下がった。

そして起こる不思議。

人生に対する執着はなかったのに、熱でまた体重が少し減ったら、創作への意欲がむくむくと蘇ってきたのだ。

生きていたら、もっと書こう。
あれもこれもちゃんと仕上げて、あんな話やこんな話も書いてみたい。

不思議だ。

10月3日の急性腸炎に引き続き、死を覚悟した新型コロナウィルスの高熱。
今、命が尽きても後悔なしと思えるのに、書きたい気持ちが新たに生まれてくる。

本当に不思議だ。

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