今年は少し時間がかかりそうです

毎年冬にちょうど使い切るリップがある。
私はそのアプリコットカラーを今年も導入するかどうかを、その残り一ミリのリップの先を睨みながら検討する。昔好きだった人が似合うといった色だ。
似合っているうちは、まだ私の一部は同じ場所に留まっている気がして、焦る。

何かの拍子ではみ出してくる記憶の端々から、たくさん好かれていたことを思い起こされると苦しくなる。
好きだった人の記憶の中には好きだった人の好きだった私が延々と再生されていて、今の私と繋がらずにいる。
同じように、私の記憶の中でその人は点になって留まって、無根拠に光っている。
そばにいないということは、更新することを放棄することだ。そして、目も手も鈍っていくのだけれど、それゆえに勘違いすることもある。
君には、昔の私がすねないように、今の私を引き寄せようとせずに、その記憶のみをただ愛でて欲しい。

大丈夫。
ぐだぐだ言いつつも、私は今がいちばん美しいと思っている、何でも。

朝焼けの澄んだ空気と混じってさらさらと雨が降っている日のことを覚えているのは私だけだと思う。
私にはその感性があるから一歩リードしている。

春の風を感じてみる。
新作カラーを手にしてみる。
名前を呼ばれることに恐れていると気づいたから、恐れと戦うためにLINEを送った。

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