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嫁入りと印鑑

大学の卒業祝いとして父からもらったのは、「開運」と書かれた立派なハンコケースに入った、綺麗な白い実印だった。セットで、訂正印が裏についたショッキングピンクのシャチハタももらった。
宗教上というか信条上というかで、あんまりお守りとかおまじないのニュアンスのものは身につけない主義だったけれど、センスがない父の割には今回は実用的な物をくれたなと感心して、ありがたく使い倒した。
社会人になってから、新しい銀行口座や生命保険の契約に、おニューのハンコは大活躍だった。
(逆に言うとそれ以外のタイミングで実印を押す機会なんてたくさんはないんだろうけど)。
シャチハタも、社内の確認書類がやたら多い就職先に役に立った。

そこから丸3年が経って、私は戸籍上の名字が変わり、父からもらった白いハンコの出番はそこで終わった。新しい名字の印鑑をネット通販で作り直して、またいろんな書類に押しまくった。
でも、仕事は旧姓のままやっているので、ピンクのシャチハタは未だ健在。

名前をなるべく二つそのまま維持したくて、未だに旧姓のままの銀行口座を一つ置いている。
職場や友人からは旧姓由来のあだ名で呼ばれる。でも、保険証やレストランの予約やZOZOTOWNが届く時の宛名は新姓。
二つの名前を行ったり来たりして、自分の顔をコロコロ変えて生きている。
最初は名前を変えることにかなり抵抗感があったけど、今はそれが少し楽しくて、一つの名前しかない夫にもその楽しさを分けてやりたいなと思う時もある。
一つ目の名前の私をお休みしたい時、私は二つ目の名前を名乗る。二つ目の名前の私を隠したい時、また一つ目の名前で暮らす。

白い印鑑は、引き出しの奥の奥で、このままだともう来ないだろう出番を引き続き待っている。物が眠ることはシンプルに勿体無いと思う。誰か使ってくれないかな、でも、旧姓はかなりめずらしいからあげる人がいないな、そもそも印鑑を譲るってどうなの、という倫理の問いは置いといて。

夫婦別姓制度になったら、私は旧姓に戻すだろうか。戻せるものなら戻すかもしれない。制度は早く実現してほしいなと思う。助かることがたくさんあるし。
ただ、今の私は、二つ名のある自分にちょっとしっくり来ている。ずっと二つのアイデンティティを行き来していたからかもしれない。
移行期の現代だからこそ実現しているであろうこの不安定さを、私はおもしろがりたい。

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