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彼女は目が悪い #葉野菜

「ねぇお兄さん。ちょっといいかしら?」
突然、その女性は俺に声をかけてきた。全くの他人であるその人は名前を「アカネ」と名乗った。妻に離婚を、上司からはリストラを突きつけられた俺は、行くあてもすることもなかったからその女性の誘いにのった。
「話しを聞いて欲しいだけなの。」
女性はそう言って話し始めた。

目が悪いのって不便だと思う?……そうよね。
世の中の大半の人が不便だって言うと思うの。
でも、私は案外便利だと思うのよ。
とても使い勝手の良い目のつくりになるから。
分からないって顔してるわね、お兄さん。
じゃあ例えばの話をしてあげるわ。
あそこに男の人と女の子がくっついて歩いてるでしょ?
あの人、私の恋人なの。本当はね。
昨日だって互いに深く愛し合ったつもりよ。
でもねほら、今はああして浮気をしてるでしょ。
私以外には興味がないって言っていたのに。
私が目が良かったら、あの姿ははっきり見えて、
あの人は弁解ができなくなるでしょう?
でも例えば、私の目が悪かったら?
目が悪くて、あの姿をはっきりと見れなかったら?
あの人は弁解をしやすくなる。
誤魔化すことが出来る。
それに、私もあの人と離れなくて済む。
ね?いいことばっかりだと思わない?
ちなみにね……

そこで女性は言葉を切った。俺と彼女の視線が絡まる。瞳の奥に潜むそれを、俺は分からなかった。
「あの人も目が悪いの。」
彼女は静かに俺の首に手をかける。
「私と同じ。あの人には何も見えない。見えたって言えない。」
そう言いながら、彼女は俺の唇をうっとりと見つめた。その視線はきっと、俺の先にある結末を見ていた。
「だからね?こんなことをしてもあの人にはバレないのよ。」
唇が重なる。初めて出会う蜜の味だった。
「ねぇ壊して」
ネオンの街。禁忌を犯しているような感覚に溶けるように、俺と彼女はもう一度キスをした。深く甘い、罪の味がした。

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