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誘拐犯

男は死体が好きだった。
それはとても猟奇的な趣味であるが、彼には関係が無かった。
だが、好きだからと言って殺めたことは無かった。
人間も、その他の動物も。
とにかくそれらは彼の対象では無かった。
生きていたから。

晴れた日、とある家族が山へキャンプに出かけた。
テントを張り、バーベキューをして、マシュマロを焼いて、最大限楽しんでいた。
一人娘はとても幸せだった。
いつにも増して両親が笑っていたからだ。
そして娘は良いことを思いついた。
そうだ、さっき山へ上ってくる時に見た、あの綺麗な花を2人にプレゼントしたら。
もっと幸せにできるんじゃないか。
そう思った娘は両親の目を盗んで、キャンプ場を1人で抜け出した。
秘密は1人で実行しなければならないと、子供ながらに意気込んでいた。
この橋を渡れば、花が咲いていた道へ行ける。
そう記憶した橋の途中で娘は意識を飛ばした。

男は焦っていた。
今日は1ヶ月に1回、楽しみにしている趣味のひとつで、山に来ていた。
別に登山をするという訳では無い。
山の周りを車で一周して帰るだけの、私たちからは理解ができない趣味だった。
男が昔感動した本で、山に死体が遺棄されていたのがきっかけだったらしい。
とにかく今、男は焦っていた。
山に気を取られていて、橋の途中、歩いてきた女の子に気づかなかったのだ。
幸い、ゆっくりと走行していたから出血はしていないようだった。
男はそっと脈をとった。
そこにはなんの下心もない。
ただ、この子を死なせてはならないと思っていた。
少女の手首からは鼓動が感じられなかった。
それがわかった瞬間に、男には2つの感情が浮かんだ。
1つは罪の意識だった。
死体好きとは言え、人を殺めたのはこれが初めてであったからだ。
そしてそれと同時にもう1つ、これまで感じたことないほどの高揚感が湧き上がってきた。
長年、願っても願っても叶えられなかった夢が今、叶えられようとしていることに気がついてしまったから。
通常であれば、このまま通報するだろう。
だが、男はしなかった。
彼は静かに少女を大事そうに抱き上げて車の後部座席にそっと寝かせた。
周りに人がいないということに注意しながら車に乗り込む。
罪の意識など、とうに消えていた。

3年後、男は部屋で少女であったものと向き合っていた。
好奇心のまま触っていたら、もはや、原型は宿していなかった。
男は少女であったものを少し撫でる。
ねとりと何かが手に着く。
男は堪らないと言うように、にやりと笑った。
3年間だった。
幸せであったのは。
男は死体の腐ったこのツンとした臭いが好きだったのだが、隣人達からは苦情と噂が絶えなかった。
「さすがに潮時でしょうか。」
男は呟くように話しかけた。
その目は少女であったものではなく、その先にある結末に向けられていた。

今、マスコミのカメラはヤマザキだけをとらえていた。
ヤマザキはマスコミの勢いに少し押されていたが、それでもしっかりと受け答えをしていた。
「どうして骨がここにあるとわかったんですか?」
ある記者が声を張り上げてヤマザキに問いかけた。
「わかった、というか、ネットを見ていたら3年前の事件が思い出されて。日頃、たまにボランティアをやっていたのもあって、この山に来てみようと思ったんです。」
ヤマザキは穏やかに答えた。

3年前の少女失踪事件が、3年後の今、動き始めていた。
少女の骨が、失踪場所の山で改めて捜索した一般人男性によって発見されたのだ。
一部の人はその男性、ヤマザキを救世主のように扱った。
誘拐されたと思っていた少女を、山で1人で残されていた少女を、救ったように見えたのだろう。
だが、その説は有力ではないと言えた。
なぜなら多数がヤマザキを疑っていたからだ。
3年前、少女が失踪した直後、山の周辺などは警察によって念入りに調査された後だった。
今回、ヤマザキが骨を見つけた場所もまた、警察は3年前に探していた。
それに加えて不可解な点は警察犬が必ず橋の途中で止まってしまうことだった。
この先には匂いが感じられない、少女はいない、と言うように犬は止まったそうだ。
だから誘拐説が3年前には濃厚だった。
橋の途中で何者かが少女を連れ去ったのではないか。
そう思われたから。
だからこそ、ヤマザキが誘拐して殺して、またこの山に戻す、つまり自作自演では無いのかといことを疑われていた。
だが、疑いというのは疑問でしかない。
現に、ヤマザキが犯人であるという証拠は1つも無かった。

昼時、男は街を歩いていた。
向かう先は1軒の家。
家の周りにはマスコミが群がっていた。
家の主人に見つからないようにマスコミの影にそっと隠れる。
男は、花を1本持っていた。
それは綺麗な花で、主に山に咲いているものだった。
夕方になり、マスコミが家の周りから散っていった。
男は家に近づき、インターフォンを押した。
家の主人が『はい』と掠れた声で返事をして、男のことを確認したのか、すぐにドアが開いた。
「ヤマザキさんじゃないですか。」
主人は男を見て少し表情が明るくなった。
「ここまでいらっしゃるなんて思わなくて、さぁ上がってください。妻にも今伝えてきます。」
男、いや、ヤマザキが口を開く前に主人は家の奥に行ってしまった。
ヤマザキは少し笑みを浮かべて家に入った。
廊下を少し歩いて階段をあがり、1つの部屋の前に立った。
ドアを静かに開ける。
その部屋は暖色でまとめられた子供部屋だった。
ヤマザキは、もうすっかりしおれた花を少女の机の上に置いた。
「貴女が言っていたのはこの花でしょうか。違っても恨まないでくださいね。」
そう言い残してヤマザキは家を後にした。

実は少女は生き返ったのだ。
正しく言うと少しの間だけ意識が戻っただけだが。
ヤマザキの布団の上で死体だった彼女はそっと目を開けた。
どれだけ怖かっただろう。
それでも悲鳴はひとつもあげなかった。
本能的に自分の状態を察していたのかもしれない。
ヤマザキが部屋に入ってくると、少女は静かに目を合わせる。
「花を…花を渡さなきゃ…おかあさんと…おとうさんに…お山のおは…な…」
そう言って少女は本当にこの世を去った。

ヤマザキは気づかぬうちに、あの山へ来ていた。
いつものようにゆっくりと車を走らせながら山を眺める。
ヤマザキは山の裏手のところに車を乗り捨てた。
少女に届けた花を2本つんで車の座席に乗せて。
そしてヤマザキはフラフラと橋の方へ歩いて行く。
橋の途中、ヤマザキは足を止めた。
ぬるい風が吹いてゆらゆらと揺れる少女が見えた。
少女はヤマザキに向かって口を動かして何かを言っていた。
ヤマザキは少し笑って橋の下を覗いた。
前日まで雨だったせいか、川の流れは特に速い日だった。
「そうだねぇ…。僕が君を殺したんだろうねぇ…。」
そう言った瞬間にヤマザキの中で無ければならなかったものがむくりと湧いた。
少女は少しづつヤマザキに近づきながら同じことを繰り返し言っていた。
ヤマザキは少女に向き合った。
「演技でもなんでもない。僕にとって君は愛すべき人でしたよ、名も知らぬ可愛い子。」
少女はヤマザキの目の前で止まった。
じっと2人は見つめあった。
『おはな、ありがとう。わたし、あなた、きらいよ。』
少女は静寂を切り裂いて言った。
それと同時にヤマザキの体が橋の外へゆっくりと傾く。
ヤマザキの顔に恐怖などなかった。


※この話は”¥※ベfア¥@※tです


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