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たまに来るあれ

あー、まただ。
また来た、この感覚。
何不自由なく暮らしてるくせに、誰かの笑顔に嫉妬するような。
誰かの努力を潰したいと衝動的に思う、そんな感じの、もやもやとした気持ち。
よそはよそ、うちはうち。
そんなのは分かってるはずなのに。
あーあ。
こんな後悔、つまんねぇな。

「あれ?!浜たんじゃん!!」
後ろから勢いよく声をかけられる。
「え!彩葉!」
とある私立高校の玄関、帰ろうとしていたら友人に会った。
そんな日常でよくあるような風景。
「今帰り?」
「そだよ〜。彩葉は?まだ部活?」
「うん!さっきまで新入生の体験入部してて、こっからあと1時間かな。」
時計の針はもう18時を指していた。
彩葉が所属している吹部のことだから、19時からまだ練習する人も多くいるんだろう。
「まじか〜、あと1時間頑張れ!!」
「おうよ!浜たんまた遊ぼうね!」
バイバイ、と手を振って彩葉と反対方向に歩き出す。
右足を出して、左足を出して、また右足を出す。
一歩踏み出すことだけに意識を集中させた。
そうじゃないと、そうでもしないと、自分を後悔しそうになるから。
振り返って、走って、彩葉を追いかけて。
そして、
そしてまた、吹部で皆と音楽をしたくなるから。

退部を考えたのは入部して1ヶ月も経たない内だった。
スムーズではなかったけど、頑固な顧問も説得して退部することになった。
最後の日は何も思わなかった。
寂しいとか、思えるほど過ごしていなかったから。
淡々と練習をこなして、部活が終わるのを待った。
早く帰りたかった。
退部することは誰にも言わなかった。
言う必要が無いと思ったから。
今思えば、皆に相談していればよかったかもしれない。
きっと、話して、泣いて。
不安とか吐き出しちゃえば楽になれたんだろう。
問題点は退部したあとの事だ。
ぱったり縁を切っておくべきだった。
すれ違って愛想笑いするような、たまにちょっと手を振るだけの仲になっていれば良かった。
でも、そう出来なかった。
離れ難かった。
自分の居場所が、新しい温もりが愛おしかった。
楽しかった。
だから、退部後も。
朝に会ったらおはようを言うし、廊下ですれ違ったら推しの話とか近況報告とかしたり、休日に一緒に遊びに行ったりもした。
離れなきゃ。
そう思っているのに、結局のところ、一緒に居たかった。
だからこそ、心が痛かった。
たまに、廊下ですれ違った時に言われる。
「いつ戻ってくんの?」
他愛のない会話の中で、半分ふざけて、半分本気の目をしてあいつらはすらっとそれを言う。
「えー戻ろっかな?笑」
半分以上の我慢でふざけて返す。
「今戻ったらまじで差とかやばそうじゃん。」
なんて言い訳がましく言ってみたりしても、
「そんなん私らが全部カバーするやん?任しとけって。」
みたいに返されてしまって。
いや、いやいやいや。

「あーあーあー。」
無理矢理に脱力して肩を落とす素振りをしてみる。
肩にかけていたカバンが落ちた。
雨がしとしとと降り始めて、すぐに大降りになった。
カバンが濡れる。
制服が濡れる。
髪が濡れる。
そっと上を向くと、大粒の雨が瞳に入った。
「いったぁい…」
涙みたいになって瞳から溢れ出す。
本当に本当に。
つまんねぇや、こんな後悔。

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