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形見のクッソマズいハンバーグ


   
   
 彼女の料理はとても不味かった。中でもハンバーグはダントツで不味かった。食べても、食べても、腕を上げることは無く、ついに大学三回生の夏のあの日、彼女はハンバーグはおろか他の料理も上達せずに事故で死んだ。
 僕はその知らせを聞いた時泣き崩れた。冷蔵庫にマズすぎて残ってた、彼女の作ったハンバーグを葬式終わりに食べる事にした。彼女の、この世に居た証拠を今、食べなければ絶対に僕の中から消えてしまう気がしたから。
 こんな時には味なんて気にならないと思ってたけど、度を越したこの不味さは、いつ食べてもほんとうに不味くて、マズくて、まずくて。形見という情けをかけてみても、クソまずい。その形見クソマズハンバーグをひと口食べて床に吐き捨てるか逡巡した後、苦心して飲み込んだ時、僕が彼女に「作り方教えるよ」と冗談を言う日々が鮮明に呼び起こされた。

   

 それから、大学を卒業して、料理が上手い妻と結婚して、いい職にも就きました。そして、三十歳になった頃に子供を授かりました。女の子。気づけばもう七歳で、最近は大人の女性に憧れてるようなのですが、私のコンプレックスである三十五歳くらいの頃に出来た、おでこのシワをイジって来たり、ハンバーグなんてものが好きだったりするし、食卓では人参も残すし、肘もつくし、礼儀や品格が足りないみたいで、まだまだ道のりは長いみたいです。私としてはずっと幼いままでいて欲しいなぁと思いますけども。
 
   
 
 今日は妻が高校の同窓会で、娘と二人きり。パパ(ほら、まだ子供ですよね)、ハンバーグ作ってよ。そんな事を言うので作ってやった渾身の一作のハンバーグ。たんとおあがり。だが不評。クソまずいらしい。自分も食べてみると、こりゃマズイ。吐き捨てるか逡巡してるのを見た娘が苦笑いで「作り方教えるよ」と言う。
 時計は午後六時を指していて、夕陽の柔らかな橙色の光が雛鳥の羽ばたきのようなほんのささやかな風と共にダイニングへ入ってくる。その風は暖かくて、コップの中の溶けだした氷がカランと音を立てた。
 シワひとつ無くていつも笑顔の彼。だけど、ハンバーグを口に運んだ時に初めて現れた、おでこのシワ。彼にまたあのクソまずいハンバーグを食べさせよう。今度は砂糖も混ぜてみようか。

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