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国道沿いの家 カンボジアの暮らし方1

カンボジアの田舎町に住んでいたことがある。

砂ぼこり舞う国道沿いにホテルやレストラン、銀行、市場、公園などがあり、町を横切る川を渡る橋に続く。橋を渡ると道の両側にバイク屋さんやタイヤ屋さん、お菓子や飲み物を売る店などが連なる。その中にある電気屋さんの2階に部屋を借りて住んでいた。

白く塗られたコンクリートの建物の脇にある階段を2階に上ると部屋の入り口があるのだけれど、私は電気屋さんの入り口から入り、大家さんの家の内階段から部屋に上っていた。半分ホームステイのようなものだ。お店のショーケースにはケーブルや南京錠、スイッチなどがごちゃごちゃと入っていて、棚にはポットや炊飯器、トースターなどの家電が並んでいる。ただいま、と言うと、大家さんの小学生の息子がおかえりーと返してくれた。

その部屋に住んでいたのはもう10年ほど前になる。最近、久しぶりに強く、ああ、あの町が好きだなあ、と思い出すきっかけがあり、当時は日常だったことが、おとぎ話の世界のようにかけがえのない美しいもののように思えた。いつか何かにあの町のことを書いてみたいと思っていた。まだはっきりと思い出せるうちに。

階段を上がると、すぐ右はキッチンになっている。キッチンには頑丈な深い緑色の格子のついた大きい窓に面していて、明るい。水色のタイルが貼られた台に、1階の電気屋さんで買った3口のコンロを置いた。窓の外には畑が広がっていて、奥には尖ったお寺の塔が見えた。朝や夕方には、お寺のスピーカーから大きな音でお経が流れてくる。

階段から左側には部屋がひとつあり、そこにあるトイレにホットシャワーを取り付けてもらってトイレ兼シャワーとして使っていた。その奥は広いリビング。こちらはバルコニーをはさんで国道に面している。キッチン横の部屋の上にはもうひとつ中2階の部屋があり、リビングは吹き抜けになっている。バドミントンができるくらいの広さだ。カンボジアでよくある家のつくりだと思う。

中2階はベッドを置いて寝室にしていた。窓からリビングを見下ろすことができて、秘密基地みたいだ。見下ろしたリビングには、藤の丸いソファ がふたつと同じ藤の長いソファ がひとつ、ガラスのローテーブル、テレビ、観葉植物。広いので半分以上ががらんと空いている。ゆかは白っぽい、つるつるしたタイル。ソファ は体育座りですぽんと収まると快適で、そこでパソコンを開いたり、テレビを見たりしていた。テレビはある日突然、なぜかNHK world premium が映るようになった。

さらに階段を上がると小部屋がひとつ、そして屋上へつながっている。屋上は広く、カンボジアの強い日差しが照りつける。周りに遮るものがなく、風がよく通り、洗濯物がすぐに乾いた。晴れた日の夜は星がたくさん見える。ゴザを敷いてごろんと寝転がり、星座を見たこともあった。赤道に近いカンボジアでは、北斗七星が地平線に近いところにあり、ぼんやり明るい町のオレンジの光に溶けていく。

目の前の国道のアスファルトにはいくつも大きな穴があいていて、トラックが通るたびにがこんがこんと大きな音がする。乾季に舗装し直してもまたいつの間にか穴があく。夜はトラックの振動を感じながら眠りについた。

かなり大きな部屋にひとりで住んでいたのだけれど、大家さん家族と毎日顔を合わせていたし、インターネットが快適に使えていたので日本の友達とのやり取りもでき、寂しいというかんじはなかった。日本にいたときは怖いテレビを見ると夜に思い出してしまうし、カーテンの隙間も気になるし、かなり怖がりだったはずなのに、なぜかカンボジアでは何も怖くなかった。カンボジアの幽霊、クマオイの話を聞いても怖くなかった。


書いているとどんどんいろいろなことを思い出す。ひんやりした床の感触、ソファのクッションのざらざらした生地。数年前に遊びに行ったとき、屋上には屋根がついて、もう星は見られなくなっていた。町の様子もどんどん変わっている。あの頃の空気感は、あの時だけのもの。これからも少しずつ、書いて残してみたいと思う。






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