ねぇ、私良い歳の取り方してると思わない?
5月は私の誕生月だ。
今年もまた一つ歳を重ねる。
そして、この月には大切な友人の命日がある。
あの報せを聞いた瞬間のことは、昨日のことのように覚えてる。
同じ職場で出会ったMは、どんな時も笑顔で優しかった。
みんなで遊園地に出かけたとき、ジェットコースターが怖いという私の隣に座った彼は、降りるまで私に手を握らせてくれた。
「大丈夫だよ。大丈夫!」
彼の手を握ることで怖さに耐えた。
よく聞く吊り橋効果なんて起きない。恋愛的な感情ではなく、お兄ちゃんとか従兄弟みたいな存在だった。
それぞれに会社を辞めた後の訃報。
私に報せてくれた子は、「kahoさんなら会社の役員、スタッフのほとんどと連絡が取れるから」と言った。
Mが死んだ?
そんなことある?
信じられない気持ちの中、Mと一緒に働いていた会社の社長、役員、すでに退職したメンバーたちに連絡をした。
30代前半。
共に働いた仲間を亡くすという経験をするには早過ぎる年齢だった。
お通夜の会場は、まるで会社主催の何かのパーティーのように見慣れた顔ぶれが溢れ、みんな現実から目を背けるように広間でビールを飲み、お寿司をつまんでいた。
「あいつの顔、見たいんだけど」
部長からそう言われ、会場の方に確認をすると、式場にある棺を開けてくれることになった。
いつもの会社の飲み会のような雰囲気から、一気に現実に戻った瞬間。
みんな、手に持ったコップに視線を落としている。
葬儀会場の2階にある広間から、ゾロゾロとみんなで式場に歩く。
誰も口を開かない。
この先に、受け入れがたい現実が待っている。
棺の中のMは、とても穏やかな顔をしていた。
みんながそれぞれに声をかける。
「おい、起きろよ」
「まじかよ……」
人ってこんなに簡単に死んじゃうんだ……。
棺の足元に立って、Mの顔を見ていた。
一通りみんながお別れをして、会場に数人だけが残った。
Mと仲良くしていたメンバーたちが残り、私は棺に近づきMの顔を覗き込んだ。
その瞬間、
「kahoさんとOちゃんは、そろそろママになりなよ」
Mの声が私にそう言った。
棺の中で寝ているMが喋るわけはないのに、私の耳にはその声がしっかり聞こえた。
「あ、私もうすぐママになるんだ」と思った。
棺の中で眠るMの顔を見ながら、「わかったよ!」と心の中で伝えた。
その翌月の6月末に、娘がお腹にいることがわかった。
妊娠がわかってからOちゃんに連絡をしたら、Oちゃんのお腹にも赤ちゃんが来ていた。
しかも、聞いてびっくり。
赤ちゃんたちの予定日は同じ日だった。
Oちゃんに、お通夜の夜に聞いたMの声のことを伝えた。
「2人ともそろそろママになりなよって、Mが赤ちゃんが来る魔法をかけてくれたのかもしれないよね。めんどくさいから、2人とも同じ日にママになっちゃいなってね」
毎年、5月のMの命日には彼のことを思う。
彼が生きたくても生きられなかった未来を私は生きている。
毎年5月が来るたびに年齢を重ねていく私と、あの5月で年齢が止まったM。
彼の分まで生きるなんてことは約束できないけど、年齢を重ねていけるうちは、「ねぇ、私良い歳の取り方してると思わない?」と、Mに胸張って聞けるような生き方をしようということは決めている。
今朝、信号待ちをしていたら、道を挟んだ向こう側にMにそっくりな人が立っていた。
「似てるなぁ」
そう思った瞬間、その人と目が合った。
信号が青になり、自転車を漕ぎだした瞬間、「あ、命日だ!」と思った。
しかも、昨日……。
命日を忘れたのは初めてだった。
「あれ? 今日だっけ? 昨日だよな……」
頭の中でそう考えながら自転車を漕いでいたら、
「忘れてたでしょ~!」
と、茶化すようなMの声が聞こえた。
「ごめん! 忘れてた!」
Mはなんでもお見通し。
彼に似た人が信号待ちをしていたのは、「おーい! 忘れてるよ」という彼からのメッセージだったに違いない。
1日遅れたけど、今日は1日Mのことを思い出して過ごしたよ。
「別に忘れたっていいよ」と、クシャクシャと笑う顔が浮かぶ。
今年は、忘れちゃったけどずっと忘れないよ。
あれから11年が経った。
Mの命日の10日後に私は毎年一つ歳を重ねる。
ねぇ、私良い歳の取り方してると思わない?
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