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不登校娘の母、最強のスーパーサイヤ人にはなれなかった…

こんにちは、キャリアコンサルタントとして女性支援やママたちの支援などを行っているmamaちゃんといいます。

娘がある日突然不登校になり、その事実を認めて、私はとことん娘と向き合うこと覚悟を決めました。そして、今回はそんな最中で起きた私の心について書きたいと思います。


みなさんは母親というとどんなイメージを持っていますか?
自分の中のイメージは、常に元気で笑顔、そして何か困ったことがあった際には、母親に言えば、概ねのことは解決する!そんな最強の存在で、まるでスーパーサイヤ人のようだ(ドラゴンボール世代です笑)と幼子心に思っていました。その記憶は、私の母親像に擦り込まれて、自ずと娘に対してそのように見せていたように思います。どんなに体調が悪くても、寝込むことなく働き、家事を行います。また、辛い顔はとにかく見せずに平常運転。そして、娘に困ったことがあれば話を聞いて「大丈夫だよ」と自信を与える存在になろうとしていました。

そんな日々の中で、ある夕暮れ時に帰宅を急いでいた際、綺麗な夕焼けと感じたと共に、自分でも驚くほどの大きなため息が口から出て、そしてポロポロと涙が溢れ始めました。「あれ?どうしよう・・」思えば思うほど、涙は頬をつたい流れていきます。そして、自分の心が壊れかけていることに気付きました。「もう、私は限界だったのかもしれない・・」

子どもが生まれたその日から、私は母親になりました。

はじめてのことばかりで、泣きじゃくる我が子を抱えながら右も左も分からない中、育児本やインターネットの情報を頼りに子育てをスタートさせました。24時間休む暇もなく、懸命に育児に勤しんだ気がします。一方で、仕事の忙しい主人は戦力にならず、ほぼワンオペで必死に子育てをしてきました。1歳になる頃には、保育園に預けて仕事復帰を迎え、そこからは仕事と育児、家事をほぼ一人でやっていくしかありませんでした。目まぐるしい日々の中で、自分の湧き上がる感情はとにかく押し殺して、やるべき日々のタスクをこなしていくことだけに集中してきたように思います。無駄な感情を持つことにより、仕事も育児も、タスクを進めることに支障が出ます。それであれば、感情をニュートラルにすることによって、すべてが順調に進むことを学んでいったように思います。

そしてある日娘が不登校になり、順調に回していたことがうまく回らなくなり、それでも奥底にある最強の母親像を目指して、必死にすべてを担おうとしました。
そして、いつしか蓋をしていた感情が、綺麗な夕日を見たことにより溢れ出してきました。

「自分の娘はどうして不登校なのだろうか…」
「どうして私は仕事を辞めなくてはいけなかったのだろうか…」
「学校はどうしたら行けるのだろうか…」
「この先どうなってしまうのだろうか…」

必死に自分の中で抑えていた辛い感情、悲しい感情、憤りなどが次々に溢れ出てきました。そしてどうしようもない大きな不安に押し潰されそうになったことを覚えています。


自分の子どもが不登校になることは、誰も望んでいません。元気に学校に通い、友達を作り、楽しく学び、健やかに成長していくことを望んでいます。そのため、もし不登校になった時には、その事実を受け止めるだけでも大きなエネルギーが必要となり、その先の不安は計り知れません。

「でも大丈夫!きっと学校に行ける日がきますよ」

そんな安易なことは絶対に言えません。解決策もその子どもによって異なります。それに、登校ができることがゴールとは限りません。ただ一つ言えるとするならば、その子が自分らしく笑顔で輝くことが全てだと私は思います。

そして私という人間は、スーパーサイヤ人とは程遠い人間でした。私の母もきっと最強の母親ではなく、そう見えていただけかもしれません。誰でも心が痛ければ、痛いと大声で泣いていいと思います。しかし私は、再びスーパーサイヤ人になる努力をしています。どんなに辛くても、どんなに悲しくて、私は娘に世界で一番頼れる存在でいたいと願ってしまいます。どんな時も守り切る強い母親でありたいと望んでます。いつか娘が本当に心から笑える日が来るまで、私は最強の母を目指し続けます。

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