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「クラフトビールに定義はない」のか?

札幌の Beer+MaltWhisky バー「Maltheads」(モルトヘッズ)です。

「クラフトビール」という言葉について考える連載、第2回です。

第1回「これぞ、クラフトビール」で「クラフトビールは死んだ」
第2回「クラフトビールに定義はない」のか?
第3回 私の考える「クラフトビール」とは?

日本ではクラフトビールの明確な定義はない?

キリンビールは公式ページ内でこう述べています。

日本ではクラフトビールの明確な定義はないと言われている。

https://kirin.jp/facts/01/

この記述を論拠としているのか、ネットで「おいしいクラフトビールを紹介!」系の記事にも同様のことが書かれていることがあります。

いや、そんなことはありません。日本にも明確にクラフトビールの定義はあります。

全国地ビール醸造者協議会(JBA)が「クラフトビール」(地ビール)を以下のように定義しています。

http://www.beer.gr.jp/local_beer/

1.酒税法改正(1994年4月)以前から造られている大資本の大量生産のビールからは独立したビール造りを行っている。
2.1回の仕込単位(麦汁の製造量)が20キロリットル以下の小規模な仕込みで行い、ブルワー(醸造者)が目の届く製造を行っている。
3.伝統的な製法で製造しているか、あるいは地域の特産品などを原料とした個性あふれるビールを製造している。そして地域に根付いている。

要約すると
1. 独立であること(大手資本でないこと)
2. 小規模であること
3. 伝統的・個性的であり、地域性のあること
となります。

これは、クラフトビールの本場アメリカの「ブルワーズ・アソシエーション(BA)」が「Craft Brewery」の定義づけしたものを模範としたものです。
これに関しては、mizba さんのnoteが詳細な分析をしています。

JBAの定義が「無視」された理由

なぜこの明確な定義が「無視」されているのでしょうか。先述のmizbaさんの分析とは違うアプローチから。

「会員リスト」を見ると、その理由の一端がわかる気がします。

http://www.beer.gr.jp/member/

数えたところ107醸造所。しかし、当記事執筆時でも全国には約500の醸造所があるとされています。数として、5分の4のブルワリーが属していないことが、その理由ではないかと推察できます。

2018年の酒税法改正に伴う「ブルーイングパブブーム」のブルワリーは、ほとんど入っていません。最近「クラフトビール」を前面に打ち出してきたブルワリーの多くがJBAと関係がないのです。

しかし、JBAの「顔ぶれ」は、地ビール/クラフトビールを支える錚々たる面々です。なによりも1998年創設という長い「歴史」があります。逐一検証しませんが、今の「クラフトビールブーム」が興るまで(2000年代)はむしろ全国の半数近くのブルワリーがJBAの会員だったのではないでしょうか。

広まっていない、大部分の生産者とは関係がない、からと言って無視していいものではありません。このJBAの「定義」には、一定の敬意を払う必要があると筆者は考えます。

「定義」付けに時間がかかりすぎた

「無視」される理由はもう一つ、定義づけに時間がかかり過ぎたことがあるように思います。

ビアジャーナリスト藤原ヒロユキ氏の興味深い記事があります。

https://www.jbja.jp/archives/3522

この記事が書かれたのは、2012年10月です。アメリカでは定義があるが、日本では「これから」考える必要があるだろう、と言う趣旨です。

前段落でのJBA定義は、意外にも2018年5月に生まれたものです。しかし、「クラフトビール」という言葉が広まったのは、2010年代の前半です。

その後、言葉の着実な広まりとは裏腹に、定義が誕生するのにここで見るだけで6年もの時間がかかってしまったのです。その間明確な定義が存在しなかったことが、いまだに「クラフトビールの定義がない」と言われてしまう理由でしょう。

日本での「クラフトビール」のプチ歴史

上の藤原氏の記事でもわかるように、2012年にはもう「クラフトビール」という言葉はビール好きの間では定着していました。

「Craft Beer」という言葉がアメリカで初めて書籍に登場したのは1986年『Good Beer Guide: Brewers and Pubs of the Pacific Northwest』です(1984-5年にイギリスで言われていたとの証言が記されているらしい)。
クラフトビアアソシエーション(Japan Craft Beer Association)の発足は「地ビール解禁」と同じ1994年です。「地ビール」と「クラフトビール」は日本でも同じだけの歴史があります。

個人的な印象ですが、「クラフトビール」が日本のビール好きの間で積極的に使われ始めたのは2010年前後。2015年前後に全国に波及(札幌での定着はこの頃)、2018年前後にブルーパブブームで再定着、と思っています。

2021年現在での「クラフトビール」の取り上げられ方は、その2018年からの盛り上がりの余波であるように見えます。ちょうど4年目。落ち着こうとするとまた盛り返すの繰り返しで、「言葉の賞味期限」が更新され続けているわけですが、それももう終わるのではないかと思います。

…と、実は2018年ごろにも思っていたのですが、なかなか収まる気配がない(笑)。クラフトビールという言葉が本当に「死ぬ」のは、もう一段新しいパラダイム変化が訪れるまではないのかもしれません。

定義は必要なのか?

よく言われるように、ビールは「美味しければ」「気持ち良ければ」何でもいいという面があるのは間違いないです。その立場から言えば、ここまでの「定義づけ」は実にナンセンスな作業でしょう。

しかし、筆者は必ずしもそうではないと考えます。これは他の方の意見に乗っかる形となりますが、「CRAFT DRINKS」のこの意見に賛同します。

「飲み手にとっての感情的クラフトブルワリー」と「シーンにとっての統計的クラフトブルワリー」はきっちりと分けて考えるべきだと思います。

http://craftdrinks.jp/2019/04/18/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AB%E3%82%82%E3%80%8C%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%95%E3%83%88%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%AB%E3%80%8D%EF%BC%88%E5%9C%B0%E3%83%93%E3%83%BC%E3%83%AB%EF%BC%89%E3%82%92%E5%AE%9A%E7%BE%A9/

統計的作業は、JBAのような団体にしっかりとしてもらう。
それとは別に、「感情的クラフトビール(ブルワリー)」の定義、つまりは、あいまいなことを議論して定義づけるという作業も大切です。

なぜならば、「感情的定義」を繰り返していく過程で、その人の「美味しい」「気持ちいい」が明確となり、より「美味しさ」「気持ちよさ」が洗練されていくからです。

もしその洗練を否定するのならば、そもそも感情に根差すはずの「美味しければいい」「気持ちよければいい」ことと矛盾してしまいます。

なにが「美味しい」のか、なにが「気持ちいい」のか。それぞれ自身の中で常に確認していくことは、とても有意義なことだと思います。

次回第3回では「自身の中での確認作業」をします。もう少しお付き合いください。

おまけ:各国の「クラフトビール」事情

聴き及んだ話と、個人的な印象をとりとめもなく。いつもの蛇足どおり長いです。さらっと読み流してください。

ドイツでは、「クラフトビール」というと「ドイツの伝統的ではないビール」のことを指すそうです。ケストリッツァーというシュヴァルツの醸造所がありますが、ここで造るペールエールはイギリス発祥のスタイルなので「クラフトビール」と言われるそうです。

ベルギーでは、「クラフトビール」をポジティブに使っている例を寡聞にしてまだあまり知りません。伝統的ないわゆる「ベルギービール」をいちいち「クラフトビール」と言うのも煩雑なのでしょう(なお、ベルギーでも消費の大半はピルスナーです)。それでも最近は新しい生産者たちによるホップの強いビールが増えているので、そのあたりが「クラフトビール」と呼ばれているかもしれません。今後を注視します。

イギリスは、そもそも「クラフトビール」の原点ともいえる国ですが、ベルギー同様積極的に「クラフトビール」という言葉を使っていない印象があります(これも寡聞かもしれません)。自国発祥のペールエールやIPAが、大西洋を越えてホップの使われ方が全く変えられて「クラフトビール」と世界を席巻するようになったのですから、伝統的な醸造所はあまり面白く思っていないだろうことは想像に難くありません。もちろん新しい醸造所はアメリカン・ホップの強いビールを造っています。

「クラフトビール」はアメリカ英語かと思っていたのですが、上記の『Good Beer Guide: ... Pacific Northwest』では、イギリスのCAMRAが使っていたのを聞いた、とのことです。しかし現在の「クラフトビール」は、アメリカ発祥のビール文化が世界中に波及した、と考えてもいいと思います。最近の新しいブルワリーは、むしろイギリス・ドイツ回帰のビールを積極的に造っていて、ヨーロッパとの「逆転現象」が起きています。

イタリアおよびフランスはさすがお酒の国、今ではクラフトビール大国です。日本で飲む機会がほとんどないだけです。「クラフトビールあるんですね!」と無邪気に言わない方が身のため。イタリアで小規模生産のビールが広まったのは2000年代になってから。1996年には6醸造所しかなかったそうです。2015年ごろ、ワインのインポーターが積極的に輸入してさまざまなビールが入った時期があったのですが、紹介する側が「ビールは軽くてガブガブ飲むもの」と言う先入見から抜けられず、1、2回の輸入で終わったところが多かったです。度数の高いビールには素晴らしいものが多かっただけに残念でした。

東欧のポーランド(オレゴン州のポートランドではありません)へ行った方から聞いたちょっといい話。「クラフトビール」のビアパブがあったことに驚き喜んで中に入って「ポーランドでクラフトビールが飲めるなんて嬉しいですね!」と言ったら、「なに?極東の日本にもクラフトビールあるのか!?」とかえって驚かれたそうです。

日本では1995年から小規模醸造が本格化します。1999年ごろがピークで、全都道府県に200か所以上あったはずです。日本の小規模醸造ブームは、かの(酒評論家)マイケル・ジャクソンも注目したほどですが、21世紀に入るころから「冬の時代」を迎えます。それでもアジアの中では歴史のある「先進国」だったはずなのですが、最近は日本に影響を受けた台湾や韓国の追い上げが目覚ましいです。同じスケール感の小規模醸造所同士では、クオリティとして抜かれてしまう危惧さえあります。その原因はひとえに、「自家醸造は個人的なものでさえ違法」という厳しい酒税法にあります。職業としての経験を経なければプロのブルワーになれないというのは、日本が宿命的に背負っている大きなハンデです。「世界中で自分で酒の造れない国なんて、イスラムの国と日本だけだよ」とイギリス人に言われたことがあります(結構お気に入りのフレーズ)。自家醸造問題についてもいつかまとめてみたいです。

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