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「開拓使麦酒仕立て」と「開拓使ピルスナー」を飲み比べてみました(2月に)

札幌の Beer+MaltWhisky バー「Maltheads」(モルトヘッズ)です。

当店は「クラフトビールのお店」と括られることが多いのですが、特にそういうつもりはありません。少なくとも、日常的に売られているビールにも常に注視をしております。今回はそういう記事です。

イマサラですが…

2021年2月、サッポロ「開拓使麦酒仕立て」が全国のファミリーマートで発売されました。発売前後には大きな話題となり、まさに「瞬殺」といえるほどの売れ方をしました。当記事公開はそれから約3ヶ月経っておりますので、今更ながらのお話となります。

このビールは、ラベルにスペルミスがあったことで話題となりましたが、実は、スペルミス以外にもラベルにはもう一つ大きな「ミス」(齟齬)がありました。

書き溜めていたテイスティングノートと合わせてこの記事を起こしました。将来的にこの記事が「あの騒動のまとめ」のハブとなれば、との思いです。

サッポロ「開拓使麦酒仕立て」についての公式情報

https://www.sapporobeer.jp/kaitakushibakusyu/

EじゃなくてもAじゃないか

このビールの顛末は、このnoteを検索するだけでもいろいろな方が書かれています。筆者も当時togetterでまとめをしましたので、ご覧ください。

https://togetter.com/li/1655596

「LAGER」を「LAGAR」とスペルミスをしてしまったというものです。食品ロス問題に絡まってしまい、最後は社長自らが消費者担当大臣に面会するまでのこととなってしまいました。しかしこの記事では、このことについて多くは触れません。

筆者もお店のメニューでやったことがあるので笑えません(笑)

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ただし一点だけ。
騒動収束後は「サッポロの自作自演じゃないか」「巧妙なプロモーション?」と邪推する方も多く現れました。しかし上記まとめの通り、プレスリリースを見た「ダニエル」さんが善意のツッコミをtweetしたのが事の発端です。サッポロビールとしては「地獄から天国」「瓢箪から駒」というのが真相です。

札幌開拓使麦酒との飲み比べ(だれもやってなかった)

かたや、札幌には「札幌開拓使麦酒」があります。明治時代、開拓使が実際にあった北2条東4丁目「サッポロファクトリー」内にあるサッポロビール直営の小規模醸造所です。

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「開拓使麦酒仕立て」のドリンクレポートは、FacebookでもTwitterでもたくさん見かけました。
しかし、さすがに「札幌開拓使麦酒」との飲み比べを試みた人はほとんどいませんでした(少なくとも筆者の目には触れませんでした)。

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「開拓使麦酒」には複数種ありますがここでは「ピルスナー」です

両者とも明治10年代の「開拓使麦酒醸造所」創業当時の製法を忠実に再現することがコンセプトです。これは、当時用いられていたトリプルデコクションのことを指しているようです。

なんのこっちゃと思うでしょうから解説。

糖化作業の段階で麦汁の一部を取り出し煮沸して元に戻すというドイツ流儀の「デコクション」を、普通は2回のところを3回やったものです。麦汁(の一部)を煮沸するわけですから、その分味わいが濃くなる、と言われています。

「開拓使麦酒仕立て」は仙台工場、「開拓使麦酒」は札幌市のサッポロファクトリー内の醸造所で造られています。開拓使麦酒もサッポロビールの方が造っていますが、工場規模がまったく違うため、その飲み比べと考えると非常に興味深い比較ができます。

実際に当店では「飲み比べ」メニューとしてお出ししました。こんなアホなメニューを出していたのは札幌のビアバーでも当店くらい…ということは、たぶん全国で唯一だったのでしょう。

テイスティングノート

メモからの引き写しです。

「開拓使ピルスナー」のアルコール度数が5%に対して、「仕立て」は6%
色合いはまったく同じ。SRM5~6。明るいアンバー。ドルトムンダーでは?と言いたくなる色の濃さだが、トリプルデコクションだからOK。

アロマもほぼ同じ。モルトの甘い香り、柔らかい穀物香、いくぶんの焙煎感。「仕立て」が若干香り高いか。

口に含むと、アルコール度数の高さで違いが感じられる。「仕立て」の方がボディ感が強い。カーボネーション(炭酸)も明らかに強い。苦味も「仕立て」の方が強く感じられたが、モルトの甘味に注目をするとバランス感に大きな違いはない。カーボネーションの強さが、ビール全体の味を強く感じさせるような印象になっているようだ。

1%のアルコール度数の違い、仙台工場(「仕立て」)と開拓使醸造所(「ピルスナー」)の仕込み釜の大きさから、かなりの味の違いがあると予想していました。

しかし実際には、とても似通っていました。
その製造元の違いを知っているから「違うビール」と捉えてしまいますが、製造環境の違い・共通するコンセプトを考慮するとこれは大きく味が違わないビール、と言ってもいいと思います。少なくとも、同時に飲み比べないと違いは分かりづらいでしょう。

どちらのビールも、誠実にコンセプトを再現し、トリプルデコクションの醍醐味がしっかりと味わえる、良質なラガーです。「開拓使麦酒仕立て」を飲むことはもう叶いませんが、「札幌開拓使麦酒」は、いつでも札幌で飲むことができます。札幌っていい街だな!

なお、「札幌開拓使麦酒」のボトルビールは、実は醸造地のサッポロファクトリーでは買うことが難しいです。以前は施設内の酒屋で取り扱いがあったのですが、現在は酒屋自体がなくなってしまい、構内の酒販売所を見た範囲では売られている現場を確認することが叶いませんでした。

有料試飲コーナー「麦酒売捌(うりさばき)所」ではビールを飲むことはできます。また、苗穂の「サッポロビール博物館」でも飲むことができ、こちらではボトルが売られています。

ちょっと意外なところでは、サッポロビール園と同じ敷地にある商業施設「アリオ札幌」内イトーヨーカドーの酒コーナーで販売されています。

「開拓使麦酒仕立て」のラベルのもう一つの「ミス」

さて、開拓使麦酒仕立ては「LAGER」のスペルミスばかりが注目されますが、実はラベルにはもう一つの「ミス」、というか「齟齬」があります。

缶ラベルのイラストの建物は、サッポロビールの旧苗穂工場がモチーフとなっているようです。現在はサッポロビール博物館とサッポロビール園になっているレンガ造りの建物です。

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この写真は2月にサッポロビール園でジンギスカンを食べてきたときに撮ったものです(1枚目はJR苗穂駅構内)。北海道民にとってジンギスカンは家や夏の野外で食べるもので、こうして外食で(ましてやサッポロビール園で)食べると珍しがられます。でもいいんです、ここは何度来ても楽しい。

この建築物は1890年に札幌製糖の工場として建てられ、1903年(明治36年)に札幌麦酒に買い取られます。

ところが、開拓使の麦酒事業が民間に払い下げられて札幌麦酒となったのは1886年(明19)のお話。苗穂の建物(現サッポロビール園)は開拓使麦酒とは時代がまったく被っていません。

つまりこの建物を「開拓使麦酒仕立て」というラベルに使うのは間違い…と言いたいところですが、そう言ってしまうのはちょっとコクでしょう。

あらためて、「開拓使麦酒仕立て」のページからコンセプトについて見てみます。

https://www.sapporobeer.jp/kaitakushibakusyu/

「明治9年(1876年)サッポロビールの前身となる開拓使麦酒醸造所が誕生しその跡地に建てられた札幌開拓使醸造所で製造したビールをモチーフにしたものです。」

ビールはあくまでも「モチーフ」にしただけです。

「デザイン」についても「開拓使麦酒醸造所の建物をイメージした」などとはどこにも書いてありません。

まあ、これはセーフでしょう。
…というよりは、「LAGAR」のスペルミスが大騒ぎだったことに比べて、このことについて触れている人はほとんどいなかったのです(自分の目にした範囲では、です)。

万が一ツッコミが入ったとしても、こちらの件では「発売中止」という事態にはならなかったでしょう。

現に、ここまで読んで「けしからん!」と思った方はいないと思います。もしいたとしたら、むしろ筆者と良いお友達になれるかもしれません(笑)。

この記事も「ツッコミ」ではなくて、ちょっとしたトリビアとして読んでいただけると嬉しいです。

蛇足:「LAGER」のスペルミスがここまで「問題」になったのは、「ビールの表示に関する公正競争規約及び施行規則で「ラガー」についての記載があるからではないか?というのが、個人的な見解です。つまりは、景品表示法抵触を恐れてのことだったのではないか?と。真相は分かりませんけどね。
https://www.jfftc.org/rule_kiyaku/pdf_kiyaku_hyouji/beer.pdf

なお、開拓使の麦酒醸造所は、木造建築です。

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おまけ
上の写真は、2019年「開拓使とビールのおいしい関係」というパネル展でのものです。これだけの内容が札幌市立の図書館で行われていたのです。こういうのをサラッとやってしまうあたりは、さすが「ビールのまち」です札幌! 好きですサッポロ

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おまけ2
サッポロビール北海道本部(北1東4)は、正しく「開拓使麦酒醸造所」の跡地にあります。
現在の「札幌開拓使麦酒」および「ビアケラー札幌開拓使」のあるレンガ造りの建物は厳密に言うと、札幌麦酒となった後に拡張された建物です。大正期だとか(伝聞)。

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おまけ3
「サッポロクラシック」の初代ラベルにもこの苗穂の「札幌工場」が使われていました。サッポロビール園のお土産コーナーでは、そのデザインのトートバッグが売られています。シンプルかつクールでカッコイイです。

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