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【連載コラボ小説】夢の終わり 旅の始まり #8

『ストロベリーショートケイクさんの貴重なお話をご紹介させていただきました。本当にありがとうございます。実は今彼女と通話が繋がっていますので、直接お話を伺いたいと思います。
ストロベリーショートケイクさん、聞こえますか?』

『はい、聞こえます』

『透です。この度は貴重なご経験談、本当にありがとうございました。驚いた点が一つあるんですけど、ストロベリーショートケイクさんは会社の先輩の一言がきっかけだったんですね?』

『はい』

『それは救われましたね』

『はい。先輩の知り合いの方にADHDの方がいるとのことで、なんかおかしいなと思っていたら実はそうだった、というケースが以前にもあったそうなんです。だから私の行動についてもそれと同じような手順で調べてみた、とのことでした』

『そうでしたか。今はどの程度善くなっていますか?』

『ゴミ箱から拾い上げるようなことはもうありません。PCのゴミ箱も1か月以内にクリアにすることが出来ています。家では定期的に断捨離を進めています』

『改めて、どんなことがきっかけで改善に向かったと考えますか?』

『極限の不安感というのがかなり改善されるようになったので、薬物治療は一定の効果がありました。その効果も感じながら、捨てるものに対して全く問題ないのだ、という意識付けを行っていきました。初めのうちは先輩に1つ1つチェックをしてもらいました。先輩は大変だったと思いますが根気よく協力してくれました。そのうちに毎回確認することが面倒に思えてきて、どうしてこんなにパワーを使って確認しなくちゃならないのか、バカバカしいって。病院ではその面倒臭さが良い傾向だ、と言われました』

『もちろん完全にOCD* がなくなったわけではないと思いますが、素晴らしい躍進ですね。周囲の方にも恵まれたとは思いますが、ストロベリーショートケイクさんご本人のポテンシャルも相当高かったのでしょうね』

『そんなことはないと思うんですけど…ありがとうございます』

『ストロベリーショートケイクさん、貴重なお話を本当にどうもありがとうございました』

『はい、ありがとうございました』

『僕もエクスポージャー(曝露)を続けています。頭や身体の中で起こっている事は他人には見えないので、それがどれだけ苦しいか、なかなか伝わりません。でもやはりストロベリーショートケイクさんも話していたように "バカバカしい" ことなんです。わかっているんだけどやめられない。彼女はそれを徐々に "バカバカしい" という気持ちが強くなっていったとのことです。彼女のように周囲の人に恵まれることは稀ではないと願いたいし、やはり出来れば協力者を多く持った方がいいと思う。まずは責任をきちんと果たしてくれそうな…職場だったら責任者などに伝えてみることも大事かな、と思いますが、人も難しいですからね…。けれど勇気を出して起こした行動にはしっかりと見返りも来るんだなと感じました』

『改めて、ありがとうございました』

* * *

世の中にはそんな風に「頭の中の闘い」を強いられる人がいるのか。強迫症…。
でも不安なこと、心配事って誰でも持っているし、今回の投稿者のように思いもよらないきっかけで増殖して社会生活に支障をきたすほどになってしまうということがあるんだな、と知った。

人の心って不思議だ。多くの人が普通の顔をして世の中行き交っている。
でもみんなが "普通" なわけじゃない。

…そもそも "普通" って、一体何なのだろう?

僕は缶チューハイの手をすっかり止めて見入り、考えていた。半分ほど残ってぬるくなったそれを飲み干し、スマホを手にした。

彩子さん。動画の最新作、観ました。強迫症のことほとんど知らなかったから、身近にも苦しんでいる人がいるかもしれないと思いました。

すると彩子さんからすぐに返事が来た。

早速観てくれてどうもありがとう! また気づきも得てくれたようで何よりです。
川嶋さんの近況やお父さんのことも何かあれば連絡してください。

お父さんのこと…ね。

僕は時計を見た。22時を過ぎた所だ。サマータイムの終わったドイツは金曜午後2時。仕事中だろう。
父さんの頭の中では、身体の中では、何が起こっているのだろう。

例えばあの時ー。

5年前のこと。
僕が父のことをまだ憎んでいて、僕たちが最悪な状態だった頃。
僕の持っていたナイフで父が怪我をした、その3日後。

恋人の部屋に寝泊まりしていた僕の元に、父が早朝突然、訪ねてきた。片手に生まれて間もない息子を抱き、片手に僕のナイフを持って。

あの時の父の表情は狂気そのものだった。嗤ったかと思えば目の縁を真っ赤にして怒りを顕にした。そして、泣き出した。
まさに極限状態だった。
父には普通でない何か・・・・・・・がある可能性が高いだろうから、あんな風に…。

あの時僕のことも自分のことも、抱いていた生まれたばかりの息子のことも、壊してしまうつもりだったのだろうか。

父は自身の恐れる『連鎖』を断ち切ろうとしていたのだろうか。

何らかの望みを達成させるのなら、手段を選ばず徹底的に。例え自分がどうなっても。
それが父なのか。
だとしたら怖い。激しすぎる。

それでも普段は穏やかに暮らしている。順調に出世して(僕にとってはそう見える)家族を持って。

その激しい感情のスイッチは、どのようにして入るのだろうか。

僕は改めて "父を理解したい" と思った。

“認められたい” から “理解したい” に変わった。
僕も子供からようやく大人になれたのかな、なんて思う。

それは旅のお陰なのかもしれない。
夢みる頃をようやく過ぎて、今、踏み出そうとしている。

まさにシナプスがいくつもの回路を次々にコネクトさせて行っているような感覚だった。

僕には僕だから出来ることが、きっとある。




#9へつづく

OCDとは強迫症のことで、

強迫症は、強迫観念、強迫行為、またはその両方が認められることを特徴とします。強迫観念とは、不安を呼び起こす好ましくない考え、イメージ、衝動が頭の中に繰り返し割り込んでくることをいいます。強迫行為(儀式とも呼ばれる)とは、強迫観念により生じる不安を和らげたり抑止したりするために繰り返し行わなければならないと患者が感じる、特定の行動や精神的な行為です。
強迫症(OCD)

Information

このお話はmay_citrusさんのご許可をいただき、may_citrusさんの作品『ピアノを拭く人』の人物が登場して絡んでいきます。

発達障がいという共通のキーワードからコラボレーションを思いつきました。
may_citrusさん、ありがとうございます。

そして下記拙作の後日譚となっています。

ワルシャワの夢から覚め、父の言葉をきっかけに稜央は旅に出る。
Our life is journey.

TOP画像は奇数回ではモンテネグロ共和国・コトルという城壁の街の、
偶数回ではウズベキスタン共和国・サマルカンドのレギスタン広場の、それぞれの宵の口の景色を載せています。共に私が訪れた世界遺産です。

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