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【連載小説】永遠が終わるとき 第三章 #7

食事が一段落したタイミングで切り出す。

「私、深山さんにクリスマスプレゼントを用意してきたんです」
「えっ!? 本当ですか?」

私は携えてきた紙袋を取り出した。
MOLTON BROWNのシャワージェルとハンドソープのギフトセット。
清潔感のある深山さんのイメージに合うと思った。イギリスに留学していた縁もあったから、イギリスのブランドを選んだ。

「うわぁ…嬉しいな。センスがいいですね、本当さすが、前田さんだな」
「そういうものはいくつあっても困らないし、気分で香りを変えたり楽しんでもらえるかな、と思いまして」

深山さんは少し罰が悪そうに頭をかいた。

「どうなさったんですか? もしかしてフレグランス系は苦手でしたか?」
「いえいえ! そんなんではないです。むしろこういうの好きなくらいです。ただ…前田さんがこんな素敵なものを用意してくださるなんて思わなくて…。僕も用意したんですけど…出すのが恥ずかしくなっちゃって…」
「なんですか? 気になります」

深山さんはカバンから恐る恐ると言った具合に包みを取り出した。

「本当に僕、センスがなくって、昔からこういうのもなんかズレているというか…お恥ずかしいです」

開けてみると…ミニ湯たんぽに、猫の形をしたマフラー型のショルダーウォーマー、そして猫のアイマスク。

「冬ですし、以前に前田さん、猫を飼いたいけどなかなか決心がつかなくて…という話をされていたので…」

御曹司がこの商品を選ぶ姿を想像してプッと吹き出してしまい、すぐに謝った。
普通の、普通の青年なんだな、と思う。

「ごめんなさい…なんだかすごくかわいらしくて…。絶対安眠できますね、これ」
「気に入って…もらえそうですか?」
「はい」

深山さんがホッと胸を撫で下ろした。

「本当に、センス磨いていかないと」
「逆にビジネスセンスの方に全て持っていかれているということかもしれませんよ」
「あ、やっぱりちょっとこのプレゼントはないなって思ってるんでしょう!」
「違いますよ」

2人して声を上げて笑った。

このグッズのように深山さんは、私を暖めてくれる存在なのだろう。

彼は太陽だ。
北風は旅人のコートを脱がすことは出来ない。

* * *

店を出る。
通りは綺羅びやかにライトアップされ、浮かれ足の人々が行き交う。

「前田さん、さっきいいかけた話なんですけど」

足を止め、彼を見上げた。

「プロジェエクトも終わってしまったのでお会いする機会がなくなってしまいます。それを考えると何だかとても寂しくなってしまって…その…もし良かったら定期的にと言うか…休みの日なども…」

こんなアイドルのように美しい顔をして、富も権力も持っているのに、女性を前にしてこんなに初々しくなってしまうなんて。

「つまりその…僕とお付き合いしていただけたら、と思うんですが…」

予感はしていたけれど、やはりその言葉が発せられた時は私も高揚した。

「嬉しいです。ですが…」

ですが、と続けた私に深山さんは悲痛な表情を浮かべた。

「…少し、考えさせていただいてもいいですか?」

そう言うと少しだけ表情を和らげた。

「むしろ考えていただけるのなら…嬉しいです。お返事は急ぎません。急ぎませんが…待ってる間はちょっと寂しくなるな。冬の風が益々堪えそうだ」
「すみません…」
「いえ…あの…待ってます。いつまでも、待ってます。前田さんのペースで全然いいので」

彼の浮かべた笑顔は、決して無理をしているようには見えなかった。

私は深山さんの優しさと温かさに泣きたくなった。

* * *

「前田さん、夏季休暇取ってないですよね。まずいですよ」

週明け斎藤室長に呼ばれ、指摘された。
気づいていたものの取得のタイミングを逃していた。そして目の前にはもう年末年始休暇がある。
斎藤室長もこのタイミングまで気づかなかったのだろうか。

「プロジェクトが理由なのはわかりますけど、年度内に連休は取得しないと怒られちゃいますよ」
「すみません」
「くっつけちゃいます? 年末年始休暇に」
「えっ、いいんですか?」

そうすると連続で10日程休めることになる。

「いいですよ。年が明けるとまた連休にするタイミングが難しくなるだろうし」
「連休にならなくても構いません」
「せっかくですから、しっかり羽根を伸ばしてきたらどうですか? 前田さん、以前はよく海外旅行も行ってらしたんでしょう?」

そう言われて、頭の中にふいに浮かんだ景色がある。

冬のエディンバラだ。
学生時代に留学した。

なぜ急に思い浮かんだのだろう。

深山さんも学生時代、街こそ違うもののイギリスにいた。
そんな共通点と。
今、あの人・・・もいる冬の欧州。

2つの想いが交錯する。


サナトリウム。


「では、お言葉に甘えて」

斎藤室長は無言で頷いた。


真冬のスコットランド。
太陽が覗くのは1日の間で6時間もない時もある。ましてやスコットランドはとりわけ曇り空が多いから太陽が拝めないことも多い。

けれどそれこそイギリスだ。

とはいえ夜が明けないわけではない。
日差しが完全に届かないわけではない。

今がそのタイミングだ。そう感じた。

私の、サナトリウム。

* * *

家に帰り早速調べると、宿はもうだいぶ高くなっていたが、航空券は直前で安くなっている便があり、そのまま購入した。
羽田からロンドン・ヒースローへの直行便。更にそこからエディンバラへの国内線も予約した。

海外旅行はちょくちょく行っていたけれど、イギリスは留学後は一度観劇にロンドンに立ち寄っただけ。


日本から遠く離れ
日常から遠く離れ
たゆたう

私はどこに還るのか
どんな岸辺にたどり着くのか
確かめたい




第四章#1へ つづく


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