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【連載】運命の扉 宿命の旋律 #51

Spirante - 光が消えるように -


稜央は遼太郎が戻ってくるのを、彼が指定した河原で待っていた。

母と短い会話をした遼太郎が萌花のマンションから出て行ったのを追いかけ「ちゃんと、落ち着いて話がしたい」と告げると、遼太郎は「息子を預けてくるから待ってろ」と言い、一度去った。

* * *

今日の出来事は萌花が橋渡しをしていた。

稜央と話をさせて欲しいと遼太郎からの連絡を萌花が受け、外だと危険だと思い自分の部屋で会わせることにした。

ただ予定よりかなり早い時間だったこと、現れた時に遼太郎がナイフを持っていたこと、部屋から締め出されたことは想定外だった。
突然子供の大きな泣き声が聞こえた時はもうだめかと思ったけれど、部屋に入った時、彼ら2人の状態はもう限界だと感じた。

けれどそのとき萌花は思い付いた。
桜子なら救ってくれるのではないか、と。
遼太郎が桜子を語る時に見せたあの目は…決して嫌悪ではなく、愛を懐かしみ、哀しみ、悔やむ目だった。
こんな状態の2人を変えてくれるのは、もう桜子しかいない。
そう思い、遼太郎がいる間に萌花は桜子に連絡した。

桜子は萌花から様子を聞くと声を詰まらせた。
今、この電話の向こうに遼太郎がいることを知ったらたまらなくなって。
桜子は辛かったが、こうなったのは自分のせいなんだからと、受け入れた。

電話を遼太郎に代わると、彼はしばし桜子の言葉を聞いていた。彼自身はほとんど言葉を発しなかった。

遼太郎も桜子同様に、泣いていた。

そんな遼太郎の後ろ姿を見て、稜央がこれまで抱いていた嫌悪の棘が零れ落ち、やりきれない空しさを覚えたのだった。

* * *

一旦マンションに戻った稜央も、桜子と電話で話をした。
電話の向こうの母は、もう泣いてはいなかった。

『稜央、彼があなたの父親よ。なんて言わなくてもわかってるわね』
「母さん…ごめんなさい…」
『知りたがるのは当然のことよ。隠していたあたしが悪いんだし』
「母さんはいつも自分のせいにしてる。そんなことないのに。それが俺、本当につらくて…そんな思いをさせているアイツが憎くなってたまらなかったんだ」
『あたしが悪くないのなら、彼も悪くない。あたしが悪いのなら、彼もそう。親である私たちはそういうものよ。一方的に責めないで』
「…」
『ただね、稜央と同じように彼もとても驚いているし戸惑っているのよ。それだけは私がいけないのよ。彼を憎まないで』

電話を切った後、萌花がそっと手を重ねてきた。

「野島さんと話せそう?」
「うん…この近くの河原で待ってろって言われた。子供預けて来るからって」
「…憎しみ合わないで。仲良くしなくていいから」
「出来るかな…」
「稜央くん、野島さんは今まで稜央くんの存在を知らなかったから何も出来なかっただけ。もし知っていたらきっと…。稜央くんは陽菜ちゃんのお父さんから虐待を受けたけど、野島さんだったら絶対そんな事しなかったと思う。
それに…稜央くんが存在しなかったら…私たち出会えなかったよ? 私もこんなに好きになる人、出来なかったと思う」
「…」
「野島さんは稜央くんと血の繋がった、大事な大事な人なんだよ。だから憎しみ合わないで。お願い」

萌花の言葉に泣きそうになりながら「それじゃ行ってくる」と稜央は部屋を出た。

* * *

平日の河原はのんびりしている。

天気も良く、太陽が川面に反射して眩しかった。
まだまだ残暑が厳しくて首筋に汗が流れ落ちる。

そういえば高校生の時、萌花と2人土手に座り込んで、あの時彼女の口から「私のお兄ちゃん、自殺したの」って聞いたんだったな。

そんなことを思い出していた。

あの日はまだそう遠くはないのに、自分を取り巻く環境は激しく変わったように思う。

萌花と付き合い出し、これまで全くと言っていいほど意識してこなかった父親の存在感が明らかになり、怒りと憎しみが渦巻いた。
そして対面し、イメージしていた人物像がぐるぐると変化していく父。
威厳、狂気、そして哀しみ、涙。

今こうして東京の郊外の河原で座る自分と、あの頃の地元の大きな河原で座る自分。

本当に同じ "俺" なのか…?

稜央は頭を抱える。頭を抱えたまま、呟くようにそっと、けれど相当な勇気と決心でその言葉を口にする。

「父さん…」

これから、アイツがここに来たら、いよいよ俺は本当の "父親" と対面するのだ、と思うとまるで大舞台に立つ前のように極度に緊張してきた。




#52へつづく

※ヘッダー画像はゆゆさん(Twitter:@hrmy801)の許可をいただき使用しています。

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