【連載小説】Berlin, a girl, pretty savage ~Childhood #14
中学でも梨沙は浮いた存在になってしまう。
以前遼太郎に言われた通り、言いたいことはハッキリと言い、何か言われたら言い返す。自分の態度は変えなかったからだ。
初対面であろうと遠慮ないその言動や態度に戸惑ったり、嫌悪感を抱くクラスメイトは少なくなかった。
小学校とは環境を変えたことで梨沙は勝手にもっと良くなると思いこんでいたが、思ったようにいかないことに、この頃からまたやや感情的になることが多くなった。
時には教員にさえ歯向かう事もあったため、担任も手を焼いた。
一学期が終了し、夏休みに入る前。
「1-Aの野島梨沙さんについて。彼女は少々問題児であると思います」
緊急の職員会議で、梨沙のクラスの担任が言った。
きっかけはある保護者からの "クレーム"。梨沙が1学年上の先輩に手をあげたというのだ。篠沢という女生徒の、その保護者から学校に連絡が入った。
担任が梨沙に確認すると「やってない」という。
しかし彼女の証言はすんなりと受け入れられない。
「野島さんはそもそもクラスに対しても一向に馴染もうとしません。言葉がきつい。ちょっと揶揄われただけで猛烈に怒りますし、あれでは周囲も近づきたがりません。そして今回の件です。先輩に対してですよ。野島さんの保護者を呼んで面談を行いたいのですが」
ずらりと並んだ教員たちは手元の資料に目を落としている。梨沙についての生活態度等をまとめたものだ。
教頭が尋ねる。
「その状況を見ていた生徒は何と話しているの?」
「篠沢さんがクラスメイトと3人と一緒にいましたが、彼女たちは同じ証言しています」
「篠沢さんは、どれくらいの怪我をしたの?」
「幸い病院に行くほどではなかったとのことですが、とても傷ついたとのことです」
「あなたは怪我の度合いを確認した?」
「手を挙げたところは見ておりませんし、篠沢さんにも目立った怪我はありませんでした。ですが普段から野島さんがきっかけのいざこざはよくあります」
なるほど。現場は誰も確認していない。どちらが正しいことを言っているかは誰もわからない。
そしてこの担任は、野島梨沙という生徒に対して強い思い込みを抱いている、と。
「野島さんは、成績はずいぶん優秀なのね」
資料を見ながら再び教頭は言った。
「ですが、成績さえ良ければ良いというものでもありません」
「彼女はクラスで孤立しているの?」
「2~3人と行動しているのを見かけますが、基本は1人が多いです」
「完全に全員を敵に回してるわけでもないのかしら」
「一緒にいる子もマセていたり、尖った感じの子です。類友でしょうか」
「そう…」
教頭は冷静に言った。
「保護者を呼ぶ前に、当人たちとしっかり話したの?」
「野島さんは私に反抗的で、聞く耳を持とうとしません」
「担任のあなたがそんなこと言ってどうするの。優秀でマイルドで聞き分けのいい子ばかりじゃないのよ、学生は。いえ、学生に限らず、世の中は」
「それはそうですが…」
私立学校であるから、ある程度は教育理念に賛同し、面接を含む入学試験を通して選ばれた学生が集まる。担任は『闇雲に多様な学生が集まるわけではない。ある程度ふるいにかけられているのだ。それにみな綺麗事を並べるが、正直なところ誰だって優秀でマイルドな人間を求めるはずだ』と心の内では考えている。
「わかりました」
教頭は通る声で言った。
「それではまずあなたと私と篠沢さん、野島さんとで話し合ってみようじゃありませんか。保護者を呼ぶのはその後です」
こうして梨沙は担任と教頭に呼ばれ、面談を行った。篠沢とは別途先に面談を行ったが、保護者の訴えとほぼ同じことを繰り返した。
梨沙の陳述も変わらず。
「あっちの方が先に "1年のくせに生意気" と言ってきました。私はその人たちが上級生だなんて知りませんでした。だからそれがなんだ、って言い返した。そしたら向こうが笑いながら小馬鹿にするみたいに手をヒラヒラさせてきて、頭に来たから襲いかかってやろうと思いました。でもやってません。そばにあった壁を叩いただけです。ちゃんと思いとどまったんです」
梨沙は教頭たちにそう話した。
「篠沢さんは頭を叩かれたって言ってるけど」
「嘘に決まってるじゃん! 私はやってないんだから! どうしてどいつもこいつも私のせいにするのよ!」
感情的になった梨沙は声を震わせた。その右手は左手首をぎゅっと摑んでいた。梨沙は左手に腕時計を付けている。
「野島さんはどちらの手で壁を叩いたの?」
「右手です」
「今なぜ左手首をそんなに強く掴んでいるの?」
「…」
梨沙は両手をサッと背後に回し、ギュッと唇を噛み締め目を逸らした。
「両手を出してみてちょうだい」
教頭の言葉に、梨沙は渋々と両手を差し出した。特段何もおかしな様子はないし、壁を叩いたという右手に怪我もなにもないようだった。
彼女が必死に抑え込んでいた左手首には、腕時計があるだけ。少々高級なもののようだ。だから庇っていたのだろうか。
「わかった。野島さんの言う事はわかったわ」
教頭が言うと
「何がわかったんですか」
梨沙は感情を必死で抑え込みながら問い返す。
「幸い篠沢さんも怪我をしたわけじゃないし、あなたがやっていないというのだから。そうでしょう?」
「教頭先生」
担任の声が少し尖る。
「その代わり、もう相手にしちゃだめ。あなた損をするから。売られた喧嘩は買った方が負けよ。わかった? それがわかれば一旦保護者の三者面談は見送り。いいわね」
担任は憮然とし、梨沙もあまり納得は行かないものの、すぐさまその場を立ち去った。
***
帰りの道すがら、梨沙は泣いた。
"お守り" があるのに…。
梨沙は腕時計を頬に寄せ、道端に座り込んで泣きじゃくった。
道行く人は怪訝な顔をしたり、心配そうにしながらも、通り過ぎていく。
そんな中声を掛けようとしてきた人がいたが、梨沙が顔を上げて相手が男性だとわかると、走って逃げた。
駅に着いた梨沙は、家とは反対方向の電車に乗った。
#15へつづく
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