【連載コラボ小説】夢の終わり 旅の始まり #6
駅近くの市街地を少し走り、小さなビジホを見つけてそこに泊まる事にした。
チェックインして部屋に入り、ドサッとベッドに腰を下ろすと、透さんからメッセージが入った。
僕は時間は全然問題なかったことと、宿泊先も見つかったことを返信した。
僕の地元は正直特に観光する所はないんだよな…。まぁ…冬の味覚はそこそこあるか…。そして連弾は約束になっちゃったか、と思いながら『いやぁ…本当に出来ますかね…』なんて弱気なメッセージを送ってしまった。
その後、母に電話をかけた。
『稜央? いつこっちに戻ってくるの?』
「うん、明日には戻るつもり」
『そう。ゆっくり出来たの?』
「うん…」
僕は母が、父の発達障がいのことを知っていたかどうか、気になった。
いや、遺伝がどうのとか、そういうことではなく。
でももし知らなかったら…。
母にとって余計な情報であることには違いない。
『どうしたの? 何か言いたそげじゃない』
「うん…、あのさ…」
話して、聞いて、どうするんだ、という気持ちになってくる。
「ごめん、やっぱり何でもない」
『何…。もしかしてお父さんが絡んでること?』
さすが母だ。お見通し。
「うん…」
『気になってることがあるなら言ってみなさい』
「…あのさ、母さんは父さんの家系のことで何か聞いたことある?」
『家系? あの家のことならこの辺りだったら有名でしょ? 旧い家なんだから』
「そうじゃなくて」
やっぱり確認した所でどうなる。母にとっては不安の種を増やすだけじゃないか。
「いや…いい。直接訊く…」
『そう…。お父さんと連絡、こまめに取ってるの?』
「こまめ…ってほど、あの人は返してくれないけど」
『たまには返してくれてるの?』
「そうだね…」
そう…、と言ったまま母も黙り込んだ。
「とにかく明日帰る。なんか適当に土産でも買って」
『お気遣いなく』
切り際は母もおどけるように言った。
深夜0時を過ぎた頃、父から電話の着信があった。僕は慌てて出た。
「父さん? 電話なんてごめん…忙しいんだよね?」
『いや、気にしなくていい』
「今、家にいるの?」
『仕事が終わって外に出たところだ。で、何かあったのか』
家族がいる前では、僕とは話せないということだろう。仕方がない。
「発達障がいのことでちょっと話したくて」
『…どうしてだ? まさかお前、診断されたのか?』
思いの外、父が動揺する様子が伝わった。
「違う違う、俺は何ともないよ、今のところ…。さっき喫茶店にあったピアノを弾かせてもらったって動画送っただろ? その店にいた夫婦が…旦那さんピアニストなんだけど、発達障がい…ADHDと強迫症だったかな…なんかそれを抱えていて、勉強会とか交流会を開催してるって話してて…」
『そんな人がいたのか』
「なんか…父さんにとってもいいきっかけになったらいいのかなって。ほら、父さんの弟…ASDだって話していたじゃないか」
『あいつなら、病院通いと並行して交流会には参加していた。そのお陰か症状がだいぶ落ち着いて、自分のことも客観視出来るようになって。あとはトリセツも作ったり』
「トリセツ?」
『自分のトリセツだよ。僕はこういう人間です、というのを対外向けに用意して、関わりを持つ人も含め互いに困らないようにするために用意してもらったんだ。始めは "他人のためにそこまでする必要ない" って拒んでいたけれど、自分の甥や姪…つまり俺の子供たちのためにも作ってくれって言ったら、あっさり作ってくれて、それが色々功を奏してさ。交流会で知り合った女性と結婚するにまで至った』
「そうなんだ…」
『その夫婦と話したのか、障がいのこと』
「少し…旦那さんの方が、父さんの様子や俺の気持ちがわかるって言ってくれたんだ」
『お前、俺のこともしゃべったのか』
「俺と父さんの関係が自分と自分の父親と似てるって話から、芋づる式に色々話していったら共通点がたくさんあって。彼も自分の父親と子供の頃生き別れて、40年近く会ってなかったっていうんだ。それが最近、結婚を機に会ったって」
『父親と似ている…』
父はそこで黙った。
父にとって『父と息子』という関係は因縁であり、父にとっては脈々と受け継がれる『苦しみ』だということは、僕もだいぶ後になって知ったことだったが。
「父さんが自分のことグレイだって言ってたように、俺もグレイなんだろうし…いや、もしかしたら今病院に行ったら明確に診断されるかもしれない。とにかくその夫婦の話を聞いて関心が湧いたから、どういう世界なのか覗いてこようと思ってる。YouTubeで配信したりオンラインで勉強会を開催しているっていうから」
『まさか…お前がそんなこと言うなんて夢にも思わなかったな…』
「…どういう意味?」
『いや…。ありがとう』
礼を言われ戸惑った。
『もう電車に乗るから』と父は電話を切った。
麻薬が切れる。すぐに寂しくなった。
ちゃんと家に帰ってくれるよね、と気がかりになる。
"囚われの病"
彩子さんは確か強迫症のことをそう言った。
不安や心配や気掛かりは誰だってある。日常的に。
それが病になるほどまで至るのは、どう言う事がキッカケになるんだろう。
僕は父に囚われているのかな、と思う。
父は何かに囚われているのだろうか、と思う。
#7へつづく
Information
このお話はmay_citrusさんのご許可をいただき、may_citrusさんの作品『ピアノを拭く人』の人物が登場して絡んでいきます。
発達障がいという共通のキーワードからコラボレーションを思いつきました。
may_citrusさん、ありがとうございます。
そして下記拙作の後日譚となっています。
ワルシャワの夢から覚め、父の言葉をきっかけに稜央は旅に出る。
Our life is journey.
TOP画像は奇数回ではモンテネグロ共和国・コトルという城壁の街の、
偶数回ではウズベキスタン共和国・サマルカンドのレギスタン広場の、それぞれの宵の口の景色を載せています。共に私が訪れた世界遺産です。
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