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のこりもの【1/4】

そのスーパーは20時を過ぎると、お惣菜が安くなる。

そこら辺にいる人はみんな、店員さんが20%引きシールの上に50%のを貼るのを、今か今かと待ち構えている。

僕は一人暮らしで、毎日仕事帰りにこのスーパーに寄って、安くなるお惣菜を買って帰る。

でも毎日寄るのは、お惣菜のためだけじゃないんだ。

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入社して5年、この街で一人暮らしを始めて3年たった。

後輩も増えて「まだ20代」と思っていても、周囲はどんどん僕を ”中堅” に押し上げていく。板挟みになって、窮屈さを感じるようになって、何だかなぁと思いながら仕事をする毎日。

そして気が付けばアラサーだ。

学生の頃から一人暮らしをしているけれど、当時から自炊はほとんどせず、出来合いのものや外食ばかり。
物は多くはないのに、スッキリ片付かない部屋。
回せば済むだけなのに溜まる洗濯物。

彼女も…あれ、もう何年いないんだろう…。
モテないわけじゃないと思っていたけれど、この前久しぶりに同期会で集まった時に、同期の女子、水谷や渡部に言われた言葉が、衝撃的だった。

「飯嶌ってさ、ほんと "残念なイケメン" だよね」
「たしかにー!」

たしかにー!って何だよ!

そんな風に見られていたなんて、思わなかった。

「えっ、なっ、なんで。どこが?」

慌てる僕を見て2人は大笑いする。
「冴えないっていうかさ」
「黙ってればいい男なんだけど、しゃべっちゃうとアウトっていうかさ」

僕は打ちのめされた。
これでも僕は営業職だ。しゃべるのが仕事なのに。営業成績が悪いわけでもないのに…。

とはいえ、ズバ抜けて良いわけでもなかった。

「なに、優吾、彼女いないの? マジで?」

そう言ってきたのは、僕とは違う営業部署にいる中澤だ。
「彼女がいないって話は今してないでしょ」

僕は慌てたが
「なんだ、いるのか」
「いや…」
「どっちだよ!」

情けない。
「仕方ないから、今度合コン誘ってやるわ」

中澤は一言、そう言った。

情けない。
とてもありがたい話ではあるが。

「そういえば中澤のいる企画営業部ってさ、社内恋愛多いよね?」
水谷が割り込んでくる。

「おー。野島次長の奥さん、元部下だったって聞いたことある。あと俺の直属じゃないけど斎藤課長が、部付スタッフの前田さんって超美人と付き合ってるって噂も」
「なんか華やかだもんねぇ、企画営業部って」

そう言って水谷はチラリと僕を見る。
「…何だよ」
「そういうことよ」

どういうことだよ!?

「ま、ま、飯嶌くん。ちょうど来週合コン計画してるんだわ。君も来ないかね?」

中澤が僕の肩に腕を回して言う。

「お、おぅ。お、お願い、します…」

情けない。

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その合コンでは、開始早々、僕は女子たちの視線をあちこちから痛いほど感じた。

「飯嶌さんて、そんなにかっこいいのに、彼女いないなんて本当ですかぁ?」

甘えた声で話しかけてくる女の子たち。

僕はなんと答えたらいいかわからない。曖昧に笑顔を浮かべるだけだ。

しかし、話を進めていくと一人、二人、まるで僕に興味を失っていき、別の奴らと意気投合していく…。
辛うじて連絡先を交換した女の子とも、2回目以降のデートはなかった…。

僕は今日も一人、スーパーで割引のお惣菜を買う。

「いらっしゃいませ」

彼女のいるレジに並ぶ。

レジスタッフの中では相当若手だから、記憶に残る。

はじめはアルバイトの学生だと思っていた。

段々と商品陳列、在庫チェック、あちこちでよく見かけるようになった。

今日もいる、あ、今日もいる。
そんな風に記憶を重ねていった。

被ったバンダナキャップというか三角巾からのぞく髪がさらりと肩まで伸びて、色白で、すごい美人ってわけではないけれど、タレ目がちな大きな瞳が優しそうな印象だ。
そして体操でもやっていそうな、バランスの取れたスタイルをした子だった。

胸の名札には ”成瀬“ とあった。

「ありがとうございました」

特に愛想よく笑顔を振りまくわけでもない。めちゃくちゃ親切なわけでもない。
淡々と、仕事をこなす。それだけ。

なのに僕は段々と、彼女に惹かれていった。

ひとりの部屋に帰り、買ってきた惣菜をテーブルに並べて、ふと思う。

ん? こういうとこか?

50%オフのシールが貼られた、プラスチック容器が4コ。

残念なイケメンって、こういうことじゃないのか?

いや…どうなんだろう…。

* * * * * * * * * *

「中澤。スーパーでよく、閉店間際に惣菜とか安くなるじゃんか」

僕は昼休みにわざわざ落ち合って、中澤をランチに誘い出した。

中澤は学生時代はずっとバスケをやっていて、背が高くガタイもいい。
奴はマックでビックマックセットにさらにダブルチーズバーガーを追加している。

それを旨そうに頬張りながら答える。

「おう、安くなるな」
「あれ買う男って、別に、変じゃないよな」
「別に変じゃないな」

ホッと安堵するも束の間、中澤は言った。
「でもカゴの中が全部それのやつって、貧相だよな」

グッサリと胸を突き刺していった。
「フードロスに貢献しているとか、堅実に暮らしているとかあるんじゃないか」
「いやぁ、ケチくさいだろう、やっぱ」

僕はそれを毎回彼女に晒しているんだが。

「なに、優吾ってそのクチなの? なんか貯金のアテでもあるの?」
「いや…、別に…。お得感があるじゃないか」
「まぁな。でもな」

コーラを一口飲んだ中澤は、意味深に溜め込んで言った。
「そういうヤツは…、モテなさそうだよな」

息の根を止めに来た。僕は頭を抱え込んだ。
「なに、どしたの飯嶌くん」
中澤は改まって “飯嶌くん” なんてわざとらしく言う。

「浪費家よりマシだろう。金遣いの荒いヤツだって、り、離婚の原因になったりするじゃないか」
「なんか話が飛躍してないか? 何だよ優吾、好きな子とかいるの? その子がお金にうるさい子なの?」
「いや…、そういうわけじゃ…」
「僕に恋の悩みを相談したいんじゃないのかね、飯嶌くん」

中澤はドヤ顔だ。

「いや、ま、なんつーかその…。毎日そういう安くなった惣菜買うってどうなのかなーって、ちょっと思っただけで…」

「水谷たちがこの前、お前のこと “残念なイケメン” って言ってたの気にしてんだろ」

図星ですが、何か。

「優吾、俺もな、そう思う」

ん?

「中澤!お前まで酷いな!」
「何だよ。イケメンっていうのはかなりの褒め言葉じゃないか。そこは素直になれよ」
「でも “残念な” が全てを打ち消してるだろ!」
「まぁな」
「おい! お前だって合コンばかりして、彼女がいないからだろう!」
「俺は彼女が欲しいわけじゃない。女の子と遊びたいだけだ」
「えー? なんてヤツだ!」

中澤は残りのコーラを飲み干し、やや思案顔をした。
「中澤、何、急に黙ってんだよ…」
「優吾。余計なこと考える必要なんかない。当たって砕けろや」

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つづく


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