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のこりもの【2/4】

数日後。

僕はいつものようにスーパーのレジに、彼女の列に並ぶ。

しかし今日のカゴの中は、割引シールの貼られた惣菜じゃない。
缶ビール2本。お菓子など細々したものをなるべくたくさん。

彼女が商品のバーコードを読み取らせている間、僕は身体中が心臓にでもなったような気分になっていた。

ウカウカしていると商品が全て読み取り終わってしまう。
僕は意を決して口を開いた。

「あ、あの…」

彼女は無言で僕の顔を見る。

「あの…その…」
「何でしょうか?」

怪訝顔の彼女。

「あの、良かったら、今度、お茶とかご飯とか…、行きませんか?」
「は、はい?」

彼女はポカンと僕を見た後、僕の左方向に目をやった。
「ちょっと、早くして」
僕の後ろに並んでいたおねえさんが、不機嫌な声をかけてくる。

「あ、す、すみません…」

僕は退散した。後ろは振り向けなかった。

袋から缶ビールを取り出し、家に着く前に2本空けた。
酒はそんなに強い方ではないので、家に着くとそのままベッドに倒れ込んだ。

そりゃ残念だよな僕は…。

* * * * * * * * * *

「お前な、タイミング悪すぎだろ。仕事も仕事、真っ最中にんなこと言われたってさ」

次の日の昼、中華料理屋で僕は中澤にお説教を食らっていた。
「優吾、そういうとこだからな」
追い討ちをかけられる。

「だって…じゃあ、いつ言えばいいんだよ…」
「レジ打ちじゃないタイミングとかさ、仕事上がりを待つとかさ」
「ストーカーと思われそうだろ」
「後ろに人が並んでるタイミングじゃなきゃいつでもえぇわそんなもん」

中澤は横浜出身のくせに関西弁を使った。

「お前、今まで彼女がいなかったわけじゃないだろう? その時のこと思い出せよ」
「前の彼女は…学生時代からの友達だった子で…」
「付き合い始めに苦労はなかったってわけか」
「苦労…感じたことないな」
「ちなみに何で別れた?」
「…このまま付き合ってても夢も希望も無さそうって、言われた…」

中澤はこの時、とても慈悲深い目で僕を見た。

いやいや嬉しくないぞ。

「いいか。とは言えだ。彼女の中にお前は相当な印象が残ったはずだ。2〜3日おいてもう一回押してみろ」

中澤はチャーハンの米粒が1つついたレンゲをふらふらさせて、真剣な顔をして言った。

「お、おぅ…」

* * * * * * * * * *

言われた通り、3日後に僕はスーパーへ行った。
間を開けるのは、気を引くための常套手段だ、と中澤は言っていた。

しかし、今日もこの時間、彼女はレジにいる。この前の二の舞になる。

さぁ、どうする。考えるんだ。

乾物コーナーの陳列棚に隠れて考え込む。終わるまで待つか?
ストーカーだと思われて大声で叫ばれて警察に連行…なんてことにならないか!?

買い物カートを押すお客さんが、僕に思いっきり "邪魔なんだよ" という目で見てきた。
乾物ってそんなに、人気のコーナーじゃないだろうに!

そんなこと考えているうちに、彼女がレジから外れた。
こちらに向かって歩いてくる。

おぉぉ、なんというチャンスだ…。神よ…。

僕は一歩前に踏み出した。
「あ、あの…」

彼女は突然目の前に現れた僕を見て小さく「ひっ!」と叫んだ。
「あ、いや、あの、怪しい者ではないんです!」

怪しい者がいかにも言いそうな言葉だった。なんて野暮だ。
彼女は俯いて駆け足で去ろうとした。

「あ、ま、待って!」

彼女がバックヤードのドアを開けようとした時、振り向いた。

「あなた…、この前の…」

* * * * * * * * * *

21時過ぎ。僕はスーパーの外で彼女を待っている。

『今日は21時に上がるので、外で待っててもらえますか?』

バックヤードに入る前、彼女はそう言った。
奇跡の言葉である。
なので、僕は素直に外で待っている。

ただ今、21時27分。

僕はもしかしたら、騙されたんだろうか。
やはり僕の挙動はどう考えても怪しい。彼女は逃げ出してしまったんだろうか。
そんな不安が襲い始めた。

しかし。

「あの…お待たせしました」

彼女は僕の前に現れた。

「あ、いや、あの、あ…どうも…仕事上がりのお疲れの時にすみません…」

僕は頭を下げた後、慌ててスーツのポケットから名刺入れを取り出した。

「僕はこういう者です」

彼女はそれを受け取り、見ながら言った。
「え…すごい有名な会社にお勤めなんですね…。飯嶌、優吾、さん…」
「あ、いや、大したことは…」

しばらく名刺を眺めた後、僕を上目遣いに見る。
「あ、私は成瀬美羽、と言います…」
どうも、とお互いぎこちなく挨拶を交わす。

僕から切り出すべきなのに、何を話したらいいのかわからず、だんまりが続く。
彼女は少し怪訝な顔をして、上目遣いで見てくる。

「あ、あの…ですね…あの…」

僕が口籠ってると、彼女は言った。
「あ、食事、ですか…?」
「あ、は、はい! あ…憶えててくれたんですか?」
「いつ…ですか」

僕の方が逆に動揺してしまった。

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つづく


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