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【連載小説】奴隷と女神 #31

この回では若干の官能的表現があります。苦手な方はご遠慮ください。

店を出るとすぐに私は泣き出してしまった。

「さっきも答えなかったけど、どうして泣いてるの」

わかってるくせに、訊く。
響介さんはいつだって確信犯だ。本当にずるい人だ。

そして私が強がりなことも、十分承知なくせして。
それなのに私は。
そうやって私を少し苦しめる彼を心の底から欲しているのだ。

「途中下車させちゃったから、送るよ。それは構わない?」

私は響介さんに抱きついた。すぐに彼も私を腕でくるみ、髪に指を梳き入れた。

「会議で小桃李ことりの短くなった髪を見た時、すぐにハグしてくしゃくしゃにしてキスしたくて仕方なかった。なんてかわいんだと思って。小さくて華奢な小桃李がますますこじんまりした感じが、本当にかわいくて。でもそれが出来ないから、おかしくなりそうだったよ」
「失恋したから髪を切ったんです」
「失恋?」

ふふっと響介さんは笑った。

「振られたのは僕の方だよ」
「響介さん、別れ話、撤回してもいいですか」

そう告げたが、響介さんは黙った。
私は顔を離し彼を見上げる。

「撤回は嬉しいけど、当面の間2人で会うことは出来なくなると思う」

真面目な顔になっていた。

「えっ…どうして?」

「小桃李とのこれからに対してなるべく支障をきたさないため。確かに僕は不貞を働いた。調停ではまだ問題はないが、裁判となった場合は証拠が全てだ。嘘を付くのではなく証拠を掴まれないようにしたい。あくまでも小桃李に出会う前からまともな結婚生活ではなく僕は苦しかった。争う事由に該当することは相手側に複数ある。その件で進めていきたいんだ」
「…離婚が成立するまで絶対に会えないんですか?」
「会社では会える」
「会社は別です。恋人として会えるわけじゃありません」
「少なくとも生存確認は出来るだろう?」

耐えられるだろうか、と不安になる。自分から二度と来ないで、なんて言っておいて、耐えられないなんて馬鹿げている。

私は馬鹿なんだ。大馬鹿よね。

「勝手なことを言っていると思っている。だから待っていてとも言えないし、恋活を応援する、とも言った」
「でもそれは本気ではないと」
「そうだ」

私は再び響介さんを見上げると、彼は淡く微笑んだ。そして私の髪をくしゃくしゃにして額をぶつけて微笑んで、キスをした。
外気とは裏腹に、温かい。

唇が離れると強く強く抱き締められた。

「独り身になった暁には小桃李の元に真っ先に向かう。その時、小桃李が決めてくれたらいい。僕にもう用がなかったら、はっきりそう言ってくれればいい」

私はそれには答えずに響介さんにキスを返した。そして彼の胸に頬を埋め、訊いた。

「『ENDYMION』を最近つけていないなって思ってました。それもそういうことだったんですか」
「…そうだよ。さすがだね」
「会議室ですれ違う時も、押印伺いの時も、わかりました」

響介さんはフフっと笑って、抱き締める腕に力を込めた。これ以上だと息が出来なくなりそうなくらい。

「嬉しいな。ずっと僕のこと気にかけてくれていたの?」
「そ、そういうわけじゃないです」
「強がりな小桃李はいつも反対のこと言うからな」

響介さんは嬉しそうに笑って、またキスをした。
そうして彼が通りを見渡した時、帰りのタクシーを探そうとしたその時。

「本当に今のこの瞬間から、2人で会うことは出来ないんですか?」

そう訊くと、響介さんは私を見下ろした。

「今、この瞬間?」
「1時間でも…30分でも…今この瞬間からもう2人で会うことは辞めた方がいいですか」
「小桃李…」

響介さんが口を結んで通りに向かい右手を挙げると、私たちの前に1台のタクシーが停まった。
そして彼は運転手に

「目黒駅を超えて、目黒通りを真っ直ぐ行ってくれ」

と告げた。

* * *

タクシーが私のマンションの前に停まった時、時刻は0時近かった。

「…時間、大丈夫なんですか」
「気にしないでいい」

部屋に上がるとベッドへそのままなだれ込み、唇を、舌を貪るようにキスをした。荒い息が激しくぶつかり合う。
そしてお互いがお互いの服をもどかしく脱がせ合った。
肌が露わになると、私は響介さんの首から胸に舌を這わせた。彼もまた、同じように吸い付いた。

「お願い。痕をつけて」
「痕?」
「キスマでも噛み跡でも何でもいいから、私の身体にたくさん残して欲しいの」

少し驚いたように響介さんは目を見開いた。

「しばらく会えないのなら…、どうせすぐ消えてしまうかもしれないけれど、痕を残して欲しい。響介のこと、少しでも長く感じていたい」

彼はしばらく私を茫然と見つめた後、首に唇を押し当てた。そこから舌を滑らせて鎖骨の下にたどり着くと、強く吸った。
そして右の乳房を摑むと、乳房の上も下も強く噛んだ。

胸の下から脇腹に舌を這わせ、強く吸って、噛む。
お腹に移動して、また強く吸って噛む。
腿の付け根を通り、内腿を噛んだ。
噛む力は徐々に強くなっていき、腿はたくさん噛まれた。

そうして響介さんは段々と獣になっていった。

身体を返され、お尻も、背中も、身体中が真っ赤になるほど、たくさん痕を付けてくれた。

ゴムを付けて私を仰向けにして両膝の裏に腕を差し込むと、ゆっくり入ってきた。奥まで届くと動きを止め、じっと私を見つめる。しばらくじっとそのままにして、私の内なる声を聴くと響介さんはゆっくりと動き始めた。

「響介…!」

ただ、名前を呼ぶ。

言いたいこと、伝えたいことがありすぎて何も言葉にならない。
爆発しそうな想いが、何度も何度も彼の名を呼ばせる。

彼はそれを全て受け止めてくれる。

やがて彼は左手を伸ばし、私の首に当てた。ほんの少し、そこに力をかける。
私は嬉しくて頭が真っ白になって、すぐにいってしまった。
彼も咆哮をあげ、果てた。

お互いの汗で肌が吸い付き合っている。彼の荒い息がまだ私の髪にかかる。

「どうして今日は首…」
「小桃李を僕のものにしたくなった。どうしようもなく」

そう言って私の頬を撫でる。

「しばらく会えなくなるけど、忘れないでいてくれたら、嬉しい」
「忘れるわけないです…。響介さんだって、私のこと忘れないでください」
「僕はちゃんと…憶えている。全身で」

響介さんは耳元でそう囁いた。

私だって全て憶えているから。
あなたの噛み跡が肌から消えても、魂についた痕は消えない。




#32へつづく

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