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【連載小説】明日なき暴走の果てに ~Prologue~

野島遼太郎は京都駅に降り立った。

盆地特有のこもるような熱気と湿気がむっと舞い、それだけでも京都に来たなと実感する。
それでも東京の無機質な地面や建物が放つそれとは少し違い、どこかホッとするのも確かだった。
人生の半分以上を東京で過ごしているとは言え、遼太郎もそもそもは地方出身の男なのだ。

新幹線の改札を抜け、烏丸口に抜ける通路を渡るとお馴染みの京都タワーが姿を現す。
今となっては1997年に新しくなった駅舎の存在感で、年季も合わせて以前より存在感が薄くなった気もするが、やはり真正面から姿を表せば思わず見上げる、シンボリックな存在である。

遼太郎は大学時代の友人に会いに来た。

友人の名を柳田正宗やなぎだまさむねと言い、仰々しい名前も印象的だが、京都出身の彼もまた実家から逃げるように東京へ出て来たというところが自分と似たものを感じ、互いに関心を抱いたのである。

そんな正宗から突然連絡が来た。

大学卒業後、遼太郎は就職し正宗は修士に進んだためほとんど連絡は取らなくなり、正宗の修了後は地元の京都に帰ったと風の噂程度に聞き齧っただけだった。
つまりほぼ卒業以来だ。

SNSをやっていない遼太郎は電話番号は変えた事がなかったのが幸いし、電話をかけて来たのだ。

『遼太郎、俺や』
「俺オレ詐欺か? 誰だ」
『フフッ、相変わらずやなぁ。正宗や』

おっとりとした京都弁独特の響き、そして名乗られれば一発で記憶が巻き戻される名前。

「久しぶりだな」と言う月並みの感嘆の後は「いや本当に久しぶりにも程があるな。元気だったか?」と実感の伴う言葉が自然と飛び出た。

『遼太郎、お前今、何やっとるんや?』

元気かの問いには答えず正宗は続ける。

「俺は転職もせずに相変わらずなんだよ」

それには正宗も意外だと言わんばかりの声を挙げる。

『お前が職を変えてへんなんて、今年一番のビッグニュースやな』
「お前こそどうしてたんだ? 何かあったのか?」

特に何も、とはぐらかし『なぁそれよりお前、久々に会いたいな。どや、京都に来いひんか?』と、これまた唐突に言う。

「京都?」
『俺が京都の人間かてことくらい覚えとるやろ?』
「そうだけど…あまりにも色々突然だろう」

さすがの遼太郎も少々困惑すると、電話の向こうは豪快に笑った。

『俺のことすっかり忘れたか?』
「こういうのは段々と思い出してくるものだろう」

正宗は『そやな』と再びおかしそうに笑う。

『忙しいんか、仕事』
「まぁボチボチだな」
『連休くらい都合つくやろ』
「俺も家族がいるんでね。簡単にはいかないよ」
『へぇ、お前が家族!』

正宗は素っ頓狂な声を挙げ

『お前が腰を据えるなんてあん頃は夢にも思わへんかったしな。なんやかんや俺と同じ、独身貴族に成り下がる思うとったわ』

と言った。

「相変わらず失礼だな。思い出してきたよ正宗。お前こそどうなんだ?」
『どうってなんや。結婚か?してるわけあらへんやろう』
「だろうな」

正宗は出会った当初から人懐っこくちょっと強引で、いつも遼太郎は圧倒されていた。
そうだ、こういう男だった。

スポーツマンらしいがっしりとした体格と愛嬌のある笑顔の持ち主で、遼太郎とは対象的なタイプの男だった。
それはまるで『陽と陰』で、2人が並んで歩いていると女子学生が皆振り返ったものだった。

たいていそんな時、笑顔で愛想を振りまくのが正宗で、意に介さない素振りを見せるのが遼太郎だったが、その実は逆で、正宗に浮いた話はなく、遼太郎には常に女性の影がつきまとった。

『どや、俺はそのまんまやろ』
「あぁ、みたいだな。安心したよ」
『それで、都合付けてくれるんか?』
「本気で言ってるのか?」
『当たり前やろ。冗談やったらわざわざ電話なんかするか』
「お前はしかねない男だけどな」

再び、電話の向こうで正宗は大声で笑った。

「俺は確かに京都の男やけども、そない裏表ばかりでもないで」


こうして遼太郎は約20年振りの友に会うことになった。





第1章#1 へつづく

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