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【連載コラボ小説】夢の終わり 旅の始まり #9

僕はクールダウンしようと、外の空気を吸いに行くことにした。

田舎なこの街にはもう冬が訪れている。けれどここよりもっと緯度の高いベルリンはもっと日が短くて寒いのだと聞いた。

田舎だから街灯はポツリポツリだ。
父の暮らすベルリンや東京とは、広がる光景が全く違うだろう。
それでもここは父が育った土地。彼が通った高校もある。

不思議な気持ちになった。

満月になりきれない月が薄雲に見え隠れしている。
ここは夜。あっちは昼。
地球の裏側。僕の遥か後ろの後ろ。
夜に隠れるのは何。太陽が隠すものは何。
見えないあの人の頭の中。

出会ってから今までの、僕の知る全ての父を並べてみても、どれが本当かわからない。
穏やかな顔は仮面かもしれない。何かを守るための。

父さんは一人の時、どんな顔をしているんだろう。
何を思っているんだろう。
何をその目に写しているんだろう。

僕は透さんにメッセージを打った。

透さんはどういう過程があって彩子さんに頭の中をわかってもらったんですか。

返事はすぐに来た。電話で。

『川嶋くん。いきなりどうしたの』

あ、そうか。"お父さんのことで何かあったら" とメッセージをくれたのは彩子さんの方だった。透さんにとっては "いきなり" なわけだ。

「今日、透さんたちのYouTubeチャンネルを観たんです。エピソードを語っていた女の人が "強迫症は頭の中で起こっていて他人にはわかってもらえないから" みたいなことを話していたので。透さんはだいぶ克服したと話していたので、どうしたのかなと」
『早速観てくれたのか。ありがとう。強迫症には強迫観念と強迫行為があるって話を前にしたかな。僕は強迫行為が強かったから、そういう意味では目に見える形で人に伝わるんだ。YouTubeに登場した彼女は強迫観念の方が強くて行為がそこまで目立たないタイプだったんだろうね。だから僕のケースで言うならわかりやすかった、ということになるかな』
「そうでしたか…」
『何か気になることがあったのかい?』

ひゅうっと冷たい風が吹いた。

「僕…。ワルシャワでやみくもに "父を守りたい" って衝動が湧き起こったんですけど、今日のYouTubeを観て理解したいという思いに変わったんです。移り変わる父の心を、頭の中を」
『川嶋くん、親父さんは診断を受けていないと言っていたね』
「はい」
『…怖いのかな』
「診断されるのを避けている…ってことですか?」
『いや…単純に日常困ることがないからだとは思うんだけどね』
「…どうやったらわかりますか」
『頭の中を…ってことかい?』

バカバカしいなとは思ってる。何を言ってるんだって。

『当たり前のことだけど…会話だと思うけどね。話すことで開示してもらわなければ』
「まぁ、そうですよね。でも僕はそれが簡単じゃないんですよね」
『そうだったね…。でも無理に引き出すこともどうかと思うよ』
「…」
『さっきも言ったように、親父さんは日常的に困ることがないんだろう? 川嶋くんもそう躍起にならないで、出来る時に出来る限りのことをしたらいいんだと思うよ』
「透さんはご自分のお父さんと、普通に会話が出来ていますか?」
『僕も川嶋くんと同じような状況だよ。普通に・簡単には会話出来る状況でも環境でもない。彼はニューヨークに住んでいるからな。そういう意味でも僕たちは同じような状況だ』
「あ…そういえば、そうでした。すみません…」

何から何まで、色々と似ているんだった。

『あぁ、そういえば川嶋くんがフェルセンに来て "英雄ポロネーズ" を弾いた時、彩子に頼んで動画を撮っていたじゃないか。あれは親父さんに見せるためだったんだろう?』
「そうです」
『それでいいんじゃないか?』
「えっ?」
『川嶋くんの弾く姿を、音を届けたらいいんだよ。気に入ってくれてるんだろう? 川嶋くんのピアノ』
「はい…まぁ、たぶん」
『だからこれからも喜ぶことをしてあげたらいいよ。またそのうち、ゆっくりと話をする時間はきっと訪れる。川嶋くんが結婚するとかさ!』
「僕…彼女すらいないんですけど」
『まだ若いんだから、これからだよ!』
「透さんも…お父さんとたくさん話が出来ますように」
『…ありがとう。何だ、励まされたような気分だぞ』

そう言って透さんは笑った。
僕が風の寒さに震えて外にいることが伝わると透さんは慌てて『何やってるんだ。早く帰って暖まりなさい』と言った。
礼を言って切った。

0時近くなっていた。
父の仕事もそろそろ終わる時間だ。


頭上高くから白い月光。
僕は両手で光をすくってみる。
あと何時間かしたら、あの人の頭の上にも降り注ぐ光。
音もなく。

不思議だな。
バラバラの世界なのか一つの世界なのか、曖昧になってくる。

僕は見上げて白い息を吐いてみた。
今、何を見ているんだろう。
何を考えているんだろう。


しかしそこでブルっと震える。寒い!

とりあえず今日は帰ってこのまま寝ようと思った。





#10へつづく

Information

このお話はmay_citrusさんのご許可をいただき、may_citrusさんの作品『ピアノを拭く人』の人物が登場して絡んでいきます。

発達障がいという共通のキーワードからコラボレーションを思いつきました。
may_citrusさん、ありがとうございます。

そして下記拙作の後日譚となっています。

ワルシャワの夢から覚め、父の言葉をきっかけに稜央は旅に出る。
Our life is journey.

TOP画像は奇数回ではモンテネグロ共和国・コトルという城壁の街の、
偶数回ではウズベキスタン共和国・サマルカンドのレギスタン広場の、それぞれの宵の口の景色を載せています。共に私が訪れた世界遺産です。

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