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繭【全6話】

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ボスニア・ヘルツェゴヴィナを旅する高橋春彦。そこで出会った女性、真結は社会人学生でジェノサイドを研究しているという。 何気なく旅しに来た春彦だったが、真結からボスニア・ヘルツェゴ…
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記事一覧

【連載旅小説】繭 #1

GWに、有給を付けて少し長めの休みが取れることになったので、僕は旧ユーゴスラビアの国々を周る旅をすることにした。 海外で生活したことのある義兄の遼太郎さんでさえ「お土産の想像もつかないな」と言った。 僕も特に深い意味はなく、なんとなく決めた行き先だった。 * * * クロアチアのドブロヴニクからバスでボスニア・ヘルツェゴビナのモスタルという街に入った。 モスタルはスターリ・モストという橋が有名。事前に調べたところによると、負の世界遺産となっている。 1990年代、ユ

【連載旅小説】繭 #2

Mostarのバスターミナルへは16時前には着いていた。 僕はちょっと期待をして待合室や周辺を気にしながら来たが、真結さんの姿はなかった。 ちょっと慌てれば16:10のバスに乗れたが、何となく1本遅らせることにした。 キオスクで飲み物とお菓子を買う。 次のバスまでは50分近くあるので、僕はぷらぷらと周囲を散策した。 しかし、のどかな街だ。道路は整備中のところが多く、新しい建物も多い。 これからなのかな、と思う。 スターリ・モスト橋周辺の、イスラムのモスクとセルビア正

【連載旅小説】繭 #3

夕方。 観光スポットにもなっているバルチャルシア広場の水飲み場で真結さんと待ち合わせた。 彼女が来る前に広場を囲むように立ち並ぶ土産物屋を眺めていると、弾丸の薬莢のキーホルダーが売られていて驚いた。 紛争で実際に使われたものなのだろうか。 珍しいけれど買おうかどうか迷っているうちに、背後から声をかけられた。 「春彦さん、お待たせしました」 僕は彼女の姿を見て驚いた。 先程までバックパックを背負っていたTシャツにパンツ姿を打って変わって、黒いワンピース姿だったからだ。

【連載旅小説】繭 #4

翌日午前中、僕と真結さんはサラエヴォの中心にあるヴィエチュナ・ヴァトラ(永遠の炎)と呼ばれるモニュメントの前で待ち合わせをした。 「おはようございます」 彼女は白いTシャツに黒いパンツ姿で現れた。偶然にも僕も同じ格好だった。 「あ、なんか服装、被ってるね…」 そう言うと彼女はちょっとバツが悪そうにしたが「気が合いますね」と言ってくれた。 「このモニュメントですが、ナチス・ドイツからサラエヴォが解放されたことを記念して、戦没者を弔うために設けられました。ちなみにジェノ

【連載旅小説】繭 #5

「真結さんがそこまで言い切れるのは、なにか理由があるの? そういう思いにさせてる根本には何があるの?」 真結さんは一度目を背け、のどかな山の稜線に目をやった。 鳥が数羽、ちょうど羽ばたいていった。 「私はあぁいった映像や資料を見ても、あまり強いダメージを受けません。事実として冷静に受け止めています。あぁいったものや戦争遺跡や遺品、あるいはアウシュヴィッツのような強制収容所を見学して、ショックやダメージを受ける、という話をよく聞きますが、私は言うほどダメージを受けません。冷

【連載旅小説】繭 #最終話

真結さんは「腹ごしらえさせて」と、パン屋さんでソーセージの入ったパンを買い、かじりながら僕と並んで歩いた。 少し距離があるけれど、話しながらオリンピックスタジアムへ向かうことにした。 大きな通り沿いにあるモスクを右に曲がり少し進むと、右手に墓地が見えてくる。十字架が見えるから、東方正教の墓地なんだろう。 更に進むと、右手奥にアイススケートなどで使用されたというゼトラ・オリンピックホール、その奥にサッカーなどを開催するアシム・フェルハトヴィッチ・ハセ・オリンピック競技場が見