『戦略インサイト』を読んで。
こんにちは、桜井です。
『戦略インサイト -新しい市場を切り拓く最強のマーケティング-』を読んで心に残った部分と個人的な解釈をまとめてみました。
※本書内後半のブランドづくりについては割愛し、あくまでインサイト起点のマーケティングをメインテーマにしてまとめています。
同軸競争というワナ
この「同軸競争」は、技術主導型のメーカーが陥りやすい一種のワナのよう なものです。
競合が性能の良い製品をつくると「負けてなるものか」とばかりに開発競争をしてしまいます。その結果、逆説的ですが、「差別優位性」 を競うほど「同質化」していきます。
また、この同軸競争は、 消費者調査を行っても 陥ることがよくあります。各メーカーが振動数を競っていて、広告などでそれをアピールしていると、消費者はその差がわからなくて興味を持っていなくても、「電動歯ブラシを選ぶとき重視する点は何ですか?」と訊かれると「振動数」と答えるのです。それは、各メーカーが振動数をアピールしていて、それ以外の選択基準を与えられていないからです。
同軸競争とは性能(スペック)比較をする際に陥るエラーだと感じています。
なぜ性能比較をしてはいけないのか?というと、「更なる数字・スペックが良い」商品・サービスが出るたびに乗り換えられてしまうリスクがあるからです。そして性能は数字の勝負となり、客観的な乾いた事実として比べられることも多い。いたちごっこであるともいえます。競争力があるようで全くない。
さらに消費者のアンケートも多くのバイアスがかかっていることを意識して解釈をしなければならないと思っています。
例えば、アンケートを回答すると「プレゼントがもらえる」、または「本名で回答する」となった場合、本当に本音を回答するでしょうか?
プレゼントをもらいたいがために「ちょっとだけ自分をよく見せる」意識をするかもしれないし、本名での回答では個人が特定されるリスクを感じて安パイな回答をするかもしれません。
消費者の立場や状況によってアンケート回答は企業側によって誘導できてしまう(またはカンタンに変化してしまう)、という前提に立って事実と向き合ったほうがいいと思っています。
事例:市場機会を見つけた「ポケットドルツ」
「ポケットドルツ」は、2010年に発売されてヒットした携帯用の電動歯ブラシです。
当時、電動歯ブラシのユーザーだったのは、主に中高年の男性でした。使用場所は、主に自宅。使用目的は、歯周病予防などのためで、口腔衛生用機器という位置づけでした。女性や若年層は電動歯ブラシを使っておらず、自宅外で使用されることはありませんでした。
そういう状況の中、パナソニックの担当チームは、若い女性がランチ後に歯磨きをしていることに着目しました。歯磨きという行為はしているけれども、電動歯ブラシを使わずに手磨きをしている。もし、女性がランチ後に歯磨きに電動歯ブラシを使ってくれたら、市場を拡大できるのではないか。これが、「市場機会の発見」です。
市場機会の多くは「悩み」のそばにあると思っています。
では悩みとはなにか?というと、手磨きの場合は「歯ブラシセットはやや大きく、持ち歩くのは不便」や「歯ブラシセットのチャックが壊れてると液体が漏れてバッグの中が汚れるリスクがある」など利便性面がひとつ。
もう1つが「洗面所で音(振動音)を出して磨く」という心理面でもハードルが高いように思います。
そこで、電動歯ブラシポケットドルツでは、女性の化粧ポーチ観察から「化粧ポーチに入るマスカラサイズの携帯性のよさ」を製品コンセプトにしたそうです。
スペック・性能よりも化粧ポーチに入る小ささの方が消費者にとって価値がある、ということ。同軸競争ではなく、別のニーズに着目することで「女性用のオフィス使用」という新しい市場を創造することに成功した事例です。
少し話はそれますが「口臭衛生」や「口腔ケア」って以前は虫歯や歯周病予防の色が強かったのですが(GUMの危機感を煽るCMとかすごい印象に残っている)、歯磨きガム(キシリデントなど)の出現によりエチケット・ファッションの1つ、というポジショニングになってきてるなぁと感じています。
虫歯や歯周病は病気の治療ですが、エチケットやファッションというと予防や身だしなみを目的とするため、必然的にターゲットは広がっていきます。この目の付け所は素敵だなぁと思いました。
「インサイト起点のマーケティング戦略」のフレームワーク
インサイトを起点にして、どのようにマーケティング戦略を開発すれば、事業の成功やヒット商品を生み出すことができるのか。
考え方の最大のポイントは、(下図の)上部の「消費者」と、下部の「企業・ブランド」を結びつけることです。企業側がいくら優れた技術を持っていたとしても、消費者が求めていることと結びつかなければ、意味を持ちません。この接点こそが、消費者にとっての「価値」を生み出し、「そういうものが欲しかった」という感情を生み出すのです。
図で書いてしまうとシンプルで、仮説を導くのも簡単なんじゃないか?という錯覚に陥るのですが(笑)、とても難しく時間がかかる思考プロセスだと思っています。
本書の細かな思考プロセスは割愛しますが、大きくは以下の通り構成されています。
①消費者ターゲット
誰に買ってもらえるチャンスがありそうか?
②カテゴリー/ブランドインサイト
商品カテゴリーやブランドのことをどう思っているのか?
③ヒューマンインサイト
そもそも、人は何を求めているのか?
④キーインサイト
消費者の心のホットボタン
⑤プロポジション
企業やブランドから、何を提案するか?
⑥ブランド資産・製品特徴
製品やブランドにどう落とし込むか?
先ほどのポケットドルツの事例に当てはめて考えると以下のようになります。
・ヒューマンインサイト
化粧室は社交場。化粧品など、人前で使うものはオシャレでいなくちゃ。化粧品はポーチに入れていく。
・カテゴリーインサイト
ランチ後に歯を磨いているけど、電動歯ブラシは、オヤジ臭くて、人前では恥ずかしくて使えない。
・キーインサイト
ランチ後に歯磨きや化粧直しをしているが、電動歯ブラシは恥ずかしくて使えない
・プロポジション
マスカラのような、電動歯ブラシ
・ブランド資産
ビューティー・アイテムへ。
・製品特徴
化粧ポーチに入るサイズ。コスメな質感・7色、キャップ、シェイプ。静音。
ここで個人的に気を付けなければならないと思うことは、どんなにニーズがあったとしても「罪悪感」や「他者の目」によって遮られてしまっているニーズが数多くある、ということです。
ポケットドルツでは「電動歯ブラシはオヤジ臭い」だし、チョコレートでは「大の大人がオフィスで甘いモノを堂々と食べにくい」だし、マクドナルドでは「子どもに食べさせるには栄養バランスが悪い・添加物が多い」となります。
なので、チョコレートではGABAなどの「ストレスを低減する」という言い訳を作っています。
マクドナルドでも同様に「ハッピーセット付属のおもちゃ」をもらえることで子どもが喜ぶ、または子どもが「マクドナルドを食べたい」と意図的に言わせる設計をつくることで言い訳をつくっています。
その他にもドナルド・マクドナルド・ハウス支援として病気と闘う子どもとその家族を支援する機関をつくり、ファミリー層へのエンゲージメントを高めています。
ここで伝えたいのは、ニーズがあっても「表出できない理由」を上手に(できれば消費者に気が付かれずに)与えてあげることが大切なポイントだと思っています。
消費者のインサイトはどうやって知るのか?
日本国内でさえ、消費者見えない、何を求めているのかよくわからないという声が聞かれます。ましてや、海外の消費者のことは、まったくわからないというのが実感ではないでしょうか。
実は、海外の消費者を知る方法こそが、見えなくなってきた国内の消費者(日本人)を新たな視点から見直すことにつながるのです。
私たちはなぜか「自社の消費者のことはわかっている」や「自社の組織・メンバーのことは理解している」というバイアスにかかっていることがあります。
なぜそう思ってしまうのか?
あくまで個人的にですが、「商品がたくさん売れているからわかっている」「コミュニケーションの量が担保されているから大丈夫だろう」という錯覚に陥っているのだと考えています。
他者のことがわかっていたから良い結果になったのではなく、たまたまニーズと合致していたり、たまたま社会文脈に寄り添っていた、ということが多くあるはずです。
ではどうすれば消費者インサイトを知ることができるか?について、本書の一部を紹介したいと思います。
・肌感覚が大切
日本企業ではまずデータを収集したり分析したりといったデスクワークから始めることが多いのではないでしょうか。しかし、できるだけ早く現地に飛んで、まず現地の空気を吸ってから、さまざまなデータを読むことをお勧めしたいと思います。
・消費者の生活に“どっぷり”浸かる
消費者の生活を“肌感覚”で理解する。そのためには、現地で生活をする、現地の消費者と同じように生活をすることが一番です。サムスンは、まず社員を現地に送り、生活を3年以上させて現地のニーズを把握するといいます。
・店頭でのショッパー視察
ストアチェック(店頭調査)も、現地で必ず行うもののひとつでしょう。どういう流通で、どういう商品が、どういう棚に並んでいるかを知ることは、とても大事です。それに加えて、買物客(ショッパー)がどういうふうに商品を選び、買っていくかを観察するといろいろな発見があります。
誰が見ても分かるデータは必要ですが、それらは過去を抽象的につかむものだと思っています。それだけでは今・リアルはつかめない。ある種の感覚・センスを研ぎ覚ますには現場に行くことが大切だと痛感しています。
インサイト起点を「全社」で取り組むためには何が必要なのか?
消費者ニーズを探り出し、それをとらえる解決案として「製品」を開発する。そのためには、「開発部門」を含むさまざまな部門が連携した、全社的な取り組みが必要です。言い換えれば、マーケティングは、全社で取り組む経営そのものです。
しかし、日本企業の多くは、マーケティングを「流通」「広告プロモーション」などの「売り方」としてとらえてきたのではないでしょうか。
まさにその通りだと思います。
ではどうすれば全社で取り組むにはどうするのか?について、本書では下記のように記されています。
・トップマネジメントが、消費者志向にコミットしていること
・全部門の全社員が、消費者視点を優先するという共通認識を持っていること
私は地方でマーケティング・ブランディングの仕事をして4~5年になりますが、上記の2点を網羅した地方企業はいまだ見たことがありません・・・。それくらい難しいことだと思います。
さらに、社内でインサイト起点のマーケティングを導入するステップについても以下の通りまとめておきます。インサイト起点のマーケティングになるにはトップダウンで「明日からやります!」だけでは到底行えず、細かく、手間のかかるプロセスを経る必要があるのだと思われます。
会社には組織があって、組織は人の集合体です。そして人には感情があります。感情とはとてもやっかいなもので、「正しいこと」だけでは人は動きません。インサイト起点は大事だけど「面倒くさい」「評価に反映されない」「地味でかっこよくない」などの理由から浸透が遅くなることもあるでしょう。
私としても、人の感情に寄り添った明文化されたルールをつくりながら、徐々に浸透を図っていく必要を感じています。
インサイトを活用する、先進的な組織
・スノーピーク「自らもユーザーである」という立場で本当に欲しいモノだけをつくる
全社員が、アウトドアを楽しむ愛好家であり、スノーピークユーザーなのです。社員もキャンプを愛し、社長は年間30~60泊もします。つまり、「消費者になりきる」以上に、全社員が「消費者そのもの」というわけです。
スノーピークの事例はあまりにも有名だと思いますが、インサイトを活用する上で理想の組織はまさにあの状態だと思っています。
本社が広大なキャンプ場の中にあること、本社のすぐ前にはキャンプ場が広がっておりいつでもキャンプができる状態にあること(テントに泊まって、翌朝テントから出社することもできるらしい)、イベント等にスタッフとして参加し直接ユーザーとも接点を持てること、などインサイトにどっぷり浸かれる環境をつくっている、ということです。
買い手と作り手のボーダーラインをなくし、消費者と共創していく、という仕組みはうまいなぁと思います。
おわりに:インサイト思考を定着させるには
・ニーズをとらえた製品を開発するためには、製品部門を含めた、全社的な取り組みが必要。マーケティングは、販売・広告・調査など一部の部門が担うものではなく、全社で取り組むもの。
・インサイト起点のマーケティングを全社に導入するためには、わかりやすい自社の取り組み成功事例が必要。社内報と組み合わせながら、浸透・定着させていく。
・大企業ほど、インサイトの抽出とマーケティングの実行を切り離さないよう、機能別組織間の壁をなくす仕組みが必要。消費者との共創やブランド・マネージャー制などがある。全社的な取り組みでなくても、トップ直轄の部門横断的なプロジェクト・チームから始めることができる。
本書では、インサイト起点にしたマーケティングの考え方(フレーム)だけではなく、その考えをどのようにして組織・相手方企業に浸透させていくか?まで網羅された極めて実践的な本でした。
本書のおわりにで、このような問いがありました。
日本人である私たちは、日本人のことが本当にわかっているでしょうか?
日本人のことは、「だいたいの想像はつく」。果たして、その想像はあっているでしょうか?
日本人でも生まれた年や場所、性別、家庭環境、学校教育、習い事などの多様なコミュニティによって価値観は全く違うと思います。それを無理にカテゴライズしていないでしょうか?
消費者(というか他者)のことはわからない、からインサイト起点のマーケティングは始まると改めて感じました。
最後までお読みいただき、ありがとうございました!
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