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「見切り発車経営」で、失敗に強い人材を育てる(インド人リーダーシップ論 #8)

インド人リーダーの7つの特徴について、私がインド人経営者と20年近く働いた経験をもとにエピソードを紹介している。今回は7つの特徴の4つめ、「さっさと見切り発車して始めてしまう」に焦点を当ててみたい。インド人とのビジネス経験がある方の中には、「インド人は無計画だ」「思いつきの出たとこ勝負が多くて困る」などと評価する人もいる。実際インド人の同僚や上司の指示に対してうちの日本人社員からそんな意見を聞くことも多い。今日私が語りたいのはそのポジティブな側面だ。

新しいサービスや事業を始めるときに、多少リスクがあっても「とりあえずやってみよう」と見切り発車して世に出し、短期間でなるべく多くの仮説検証を繰り返しながら正解を見つけること。これは今では世界の多くの企業がすでに実践していると思う。いかにアイディアから商品化へのターンアラウンドタイムを短くするかは、競争の激しいマーケットで戦う企業にとって極めて重要だが、これはスピード重視の経営が世界のトレンドになるずっと前からインド人経営者たちが行なっていた経営スタイルだ。完璧に準備しても社会変化や予期せぬ市場の反応は起こりうる。だからこそ商品化のスピードが常に最優先事項なのだ。

とにかくアイディアを持ってきて、今すぐやってみろ

私がカクタスで働き始めてすぐに度肝を抜かれたことは、決断スピードの尋常でない速さだ。創業まもない2003年当時は特に、次々と企画を提案して実行することが社員の命題であった。同時に3つの事業提案を走らせる。提案のうち2つを即座に実行せよと命じられ、結果が出る前に3つ目に手を付ける、そしてアイディアが全て事業化の道半ばにいる間に4つ目の提案を求められる、という凄まじさだった。当時の私はインターンで業界の知識などまるでなかった。凡人が考えられる提案には限界があり、今思えば抜けだらけ、市場規模が不明だったり、思い付きのような企画ばかりで完璧なものは一つもなかったと言い切れる。スタートアップ時代には人材、経験、時間的猶予もなく、外部コンサルやマーケット調査を依頼するような予算の余裕もなかった。しかし、当時上司だったインド人の経営者たちは、「細かいことはいいからとにかくアイディアを持ってこい」と言い、提案を出すとどんなものでも「今すぐ実装しろ」と言うのだった。以下は社内でよくある会話の例だ。

インド人上司「リピーター向けに定額サービスを導入したい。年会費を取ってその分会員割引を適応すれば、売り上げも安定するしお客様も喜ぶだろう。僕は顧客の5%、いや10%はこのプランに乗ってくれると思うんだ。早速やってみてくれないか?」

「うちの顧客の利用ペースは変則的だから、年会費型の定額サービスには向いていないと思うんだ。そもそも公費で払うお客様がほとんどだから、年会費を経理上処理するのが難しいと思うし、割引にもそこまで反応しないと思う。お客様にまずヒアリングしてみようか?」

インド人上司「ヒアリングったって、数名の方に聞くだけなら偏った意見になるし、かといって100人にヒアリングする時間もリソースもないじゃないか。君の言いたいことはわかるけど、逆に質問していいか?仮にこのサービスを導入したとして、会社のブランドに傷がつくとか、お客様にご迷惑がかかるといったデメリットはあるのか?社内の労力は一旦横に置いといて。」

「(社内の労力は横に置かないで欲しいんだけどな…)まあ、売れるかわからないという懸念は残るけど、やってダメだったら大きな問題があるかと聞かれると、そこまでは断定出来ないですね…。」

インド人上司「(ニヤリとして)わかった。では一度ラウンチしてみよう。マーケットに聞くのが一番手っ取り早いんだ!」

たくさん打席に立って空振りするほど人は育つ

このようにしてマーケットに出してみたサービス、商品はかなりある。1年で停止したサービス、出したはいいが売り方がよくわからずに曖昧で終わったしまったものもある。過去のプレゼンを見て「こんな商品あった、あった」と完全に忘れていたものもある。傍から見たら思いつきの見切り発進で稚拙なビジネスプランだと言われるかもしれない。しかし、この「見切り発車」的経営を通じて得られる最大のメリットがある。それは、事業の上流から下流までを見定められるビジネス人材が短期間で育つことなのだ。

野球に例えてみるとわかりやすい、かもしれない。バッターはたくさん打席に立って空振りしたり凡打を積み重ねると、段々と正確さが増してくるものだ。対照的に相手投手のビデオを何度も巻き戻して研究し、似たような投手が他にいないか入念にリサーチしてその投手を分析しつくして本番に臨むタイプのバッターもいるが、前者の決定的な違いは、本番までに相当な実践の場数を踏んでいることだ。特に多くの失敗打の経験、この価値は大きい。「以前こう打って、こう失敗した。なので今日はこれでいこう」という体感で現場の意思決定ができる、失敗に強い人材が育つのである。

成功率ではなく、成功の絶対数を上げる

誰しもが失敗を嫌う。100回挑戦したら100回成功したいと思い、そのために一生懸命考え、シミュレーションをする。徹底的に失敗要因をつぶしてから実行する人や会社は当然、打席に立つ回数は少なくてもヒットの確率は高いはずだ。これに対し、インド人経営者達は成功する確率は限りなく低いという前提に立ち、「成功率」をあげるのではなく、数を打って「成功の絶対数」を上げるのである。インドに行ったことがある方には経験があるかもしれないが、インド生活はインド人にとっても予測不可能の連続であり、自分の思った通りにならないことの方が多い。おそらくそんな環境で生まれた知恵から、「どうせ綿密に計画しても思った通りに行かないのであれば、あれこれ考えるより行動しよう」というメンタリティーが生まれたのではないかと私は推測している。

データは大切、でも最終的にうまくいけばいい

見切り発車が早いのと同様に、結果の判断も早い。週単位で結果を見て、「ここを直そう!今すぐに!」と即座に改定を加えていくのだ。こちらは「いや、もう少し待って様子をみようよ」と言いたくなる自分の日本人の部分を抑えるのに必死だ。改善策をあれこれやっていくと変数が増えてしまい途中で何が効果があったのかよくわからなくなることがあるのだが、「結果的にうまくいけばいいでしょ」と気楽に言えるのも彼らの特徴である。決してデータを否定している訳ではなく、私達も効果測定の分析を可能な限り細かく行う。しかし人間が関わる以上、100%客観的な効果測定はできない。ならばその前提に立って「最終的にうまくいけばいい」と腹を括り、一つのアイディアをとことん突き詰めるよりも、いくつの事を同時多発的に行う方が短期で結果が出やすくリスクも低い。無計画なようで、ある意味では科学的なアプローチだと思う。

今の時代にこそ必要な企業の「見切り発車力」

企業が成長しながらこのスピード感を維持するのは至難の技だ。カクタス・コミュニケーションズも組織が大きくなるにつれ以前よりスピードがやや鈍化してきているのを感じる。インド人の中にも見切り発車を嫌う保守的な人は多いし、グローバル化で人材が多様になると、経営者が以前にようにチームを鼓舞しても人が思うように動かない状況は当然出てくる。

それでも、やはり自分の経験からインド企業が持つ「見切り発車力」は今の時代に競争に勝ちビジネスで結果を出す上で有効だと思う。とりわけ他社がまだ導入していない新しいサービスや商品は、事前にどれだけシミュレーションをしても仕方ないところがあるので、業界リーダーでいるためには必要な企業カルチャーであると思う。慎重派からのフィードバックをうまく生かして一緒に見切り発車へ導ける事、これも重要な要素であり、インド人リーダーたちはそのコミュニケーション・スキルが高い。相手をその気にさせ、反対意見を否定せず、気が付くと「ではやってみるか」とさせてしまう。突き詰めて考えてみると「自分がやりたい事をどうやって相手に納得させるか」に尽きるのではないだろうか?インド人リーダーが備えている最大の能力は類稀なる楽観性でどんな相手でも納得させてしまう能力かもしれない。

この話は次回の記事でつづけたいと思う。

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