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地方ではできない、を地方だからできるに変える ~地方都市で浅煎りのスペシャルティコーヒー店を10年続けて思ったこと~ #思い込みが変わったこと

2011年秋、香川県高松市というけっして大きくない地方都市に「コルシカ珈琲」という名前の喫茶店をオープンしてから10年と半年が経った。

スペシャルティコーヒーに出会ったのは開店してからおよそ1年後。
雑誌のサードウェーブ特集を目にしたミーハーな私は、アメリカ西海岸で巻き起こるハイクオリティなコーヒーをスタイリッシュに提供するコーヒーロースターの数々に完全に心を奪われた。

フルーツを感じるコーヒーがある、ということすら当時の私には信じられなかった。コーヒーはコーヒーだろう、そう高を括っていた。

ほどなくして、現地から豆を取り寄せることに成功した私は、それまで見たこともないような浅煎りのエチオピアのコーヒーを飲んで驚愕した。

フルーツを感じるどころではない。フルーツそのものだった。それどころか甘いマスカットのような甘みの中にヨーグルトのような乳酸系の明るく柔らかい酸が感じられ、最後の一口まで淀みなく飲み切ることができたのだ。

今まで飲んでいたコーヒーは何だったのだ。こんなにおいしい味が含まれているはずなのに、全部損なってしまっていたのか。当時の私はそんな風に感じた。

それからコルシカ珈琲のコーヒーは徐々に浅煎りへとシフトしていった。

いっぺんにではなく徐々に、だったのは高松という地方都市では極端な浅煎りをやっても受け入れられないだろう、という思い込みがあったからだ。

そもそも私はコーヒーの焙煎に関して誰からも何も教わったことがなく、完全に独学でスタートしたので当時の私の焙煎したコーヒーは今から考えるとデタラメでひどいものだったに違いない。

実際、SNSの書き込みなどで厳しい声を受けたこともあったし、カップに半分以上入った状態で残して帰られるお客様もいた。

それでも毎日のように通ってくれていた常連のお客様の多くが、日々変わっていく私のコーヒーを受け入れてくれていた。それどころか「他で飲むコーヒーとは違うね」と言って、私のコーヒーに対する思いを熱心に聞いてくださるお客様もいた。本当にありがたい限りだ。

それでもコルシカ珈琲から深煎りのコーヒーが完全になくなることはなかった。

深煎りが好きだと言うお客様がいたのもあったが、何となくお店としてお客様が求めるものを置いておかないといけないのではないか、という固定概念のようなもののほうが大きかったと思う。

開店から6年半、私は店を移転することを決意した。

当時、手回し焙煎機からサンプルロースターを経て、念願だった2㎏釜の実機と呼ばれる業務用焙煎機を手に入れたところだった。徐々に豆の販売量を増やし、東京で開催されるコーヒーフェスなどにも出店したり、憧れていたロースター主催の焙煎コンペティションで入賞したりして少しずつではあるが自分の焙煎するコーヒーに自信を持つことができるようになっていた。

「香川県で浅煎りのスペシャルティコーヒーを広めるのは難しいから、全国規模のイベントや競技会で実績を作って、逆輸入のような形で香川でも有名になればいい」

そんな風に考えるようになった私は、足元を見ることを忘れてチャンスがあれば競技会やコーヒーイベントに足を運び、定休日以外にも店を休むことが増えたりしていた。

移転前のコルシカ珈琲はいわゆるビジネス街に位置していたこともあり、客層も通勤前や昼休みのビジネス層の顧客が多かった。彼らにとって喫茶店というのは毎日仕事とプライベートのスイッチを切り替える場所でもあり、私は定休日以外にたびたび店を休むことに負い目を感じるようになった。

「ここに店がある限り、自分の思い描くビジョンは実現できない」

元来、思い立ったが吉日を絵にかいたような人間なので(実際、起業したときもそうだった)移転の準備は着々と進み、2018年の春には物件を譲渡し、1年の間借り期間を経て2019年6月、現在の店舗に移転し店名も「CORSICA COFFEE DEVELOPMENT」と改めて再スタートを切った。

新店舗は繁華街でもビジネス層でもない、ましてや住宅街としてもさして特徴のない場所にあるカラオケ喫茶の居抜き物件で、親しい友人からは「なぜこんなところに」と言われるような場所だったが、自分のビジョンどおり県外で活動することを考えるとこの場所は最適だったし、何より物件を内見した瞬間、ここしかないと感じてしまったのだ。

幸いにも移転オープン前に出場した焙煎の大会で4位入賞という結果を残せたことで、その年は競技会にジャッジとして参加したり、SCAJというスペシャルティコーヒーの博覧会のような大きなイベントをはじめ、各地のコーヒーフェスに出店することもできた。この場所に移転したことは正しかったように思えた。

ところが2020年。状況は一変する。

言うまでもなく新型コロナウイルスが世界で猛威を振るい、コーヒーイベントや競技会などは軒並み中止。飲食店は営業自粛を余儀なくされ、通常の営業をすることすらままならなかった。

ただでさえ立地が良くない私の店は集客することがかなり厳しい状況に追い込まれた。持続化給付金など、行政からの支援を受けて何とか延命するような状況だった。

ただ、捨てる神あれば拾う神あり。

ステイホームを命じられた国民は、家でもできる趣味を模索するようになり、おうちカフェよろしく自宅でも本格的なコーヒーを淹れてみようと、オンラインショップなどでコーヒー豆を買うのが飛躍的に増えた。

さらにありがたいことに、私の場合は前年の旅芸人さながらの活動の成果もあり、全国各地からオンラインショップに注文が入るようになった。実店舗でのお客様とのふれあいが激減する中で、全国のコーヒーファンからの温かい励ましは本当に嬉しかったし、苦しい状況を乗り切る原動力になった。

さらに、そのような状況のなかでも来店していただけるお客様にはさらなる感謝を抱くようになり、少ないチャンスでスペシャルティコーヒーの魅力を伝えきれるようにそれまでの何倍もお話しをするようにした

そうするとご時世的な状況もあり、客数が飛躍的に伸びることはないものの、着実にリピーターが増加しているのが手に取るように分かった。

私ははじめから戦うこともせずに逃げていただけだったのかもしれない。

どんなにおいしいコーヒーを出していても、何も言わずにさあどうだとばかりにふんぞり返っていたのでは、お客様には何も伝わらない。

こうしてちゃんと時間をかけて、謙虚に丁寧にまるで自己紹介でもするように自分のコーヒーをゆっくり知ってもらおうとする姿勢があれば大抵の人は耳を傾けてくれるし、それを気に入ってもらえれば何度でも店に足を運んでくれる。

地方だから浅煎りの魅力はわからないとか伝わらないなんていうのは、大切な自分のお客様になる人に対して失礼な思い込みでしかなくて、焙煎が深かろうが浅かろうが提供の仕方次第で、おいしいコーヒーはちゃんと受け入れてくれるのだ。こんなごく当たり前のことに気づくのに10年もかかってしまった。

かなり遠回りはしたけれど、創業10年を迎えて私は新たなチャレンジをすることにした。

今までにないコーヒーサブスクリプションサービスを作ること。

さまざまなコーヒー豆の定期便やサブスクサービスが世にあふれる中、私が考えたのは実店舗連動型のサブスク会員サービスだ。

例えば月額3000円の会費をいただいて、コーヒー豆を定期便として自宅に届ける。そしてそこに会員証を同封して、それを持っている人は実店舗でドリンクがサービスになったりコーヒー豆の販売で割引を受けることができるようなシステムになっていて通えば通うほど得をする、言ってみれば常連さんを優遇するためのサービスだ。

せっかくスペシャルティコーヒーの魅力にはまってくれたのなら、とことん好きになってもらいたい。

そして自分が提供コーヒーならきっと満足してもらえる、という自信があるからこそお届けできるサービスなのだ。

このサブスク会員サービスの会員数が増えれば増えるほど、香川県という地方都市でも浅煎りのコーヒーが受け入れられるんだという証明になる。

実際にサービスは好調で、現在のコルシカ珈琲の月の売上の3分の1がサブスク会員サービスの会費になっている。いずれは売上の半分、いやそれ以上にして会費だけで運営できるようになるのが今後の目標だ。

地方だから都会と同じようなビジネスモデルは成り立たない。

確かにその通りかもしれないが、地方だからこそできるコンパクトな運営が成り立つし、一人の顧客に対してより丁寧に接することができることは逆に強みにもなると思う。

店の数だけ商売の形がある。お店はこうあるべきだなどという理想像はさておき、お店とそこに集うお客様が満足して継続しているのならその商売は成功なんだろう。

これも11年目でやっと気づけたことである。


コルシカ珈琲のサブスク会員サービス
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