結婚したいんですか?
──今回は匿名希望さんのリクエストに応えていただきましょう。「先日トークショーで僕まだ結婚してないんでと仰っていて、“まだ” ということは “いつかは” 結婚したいと思っておられるのか? もしそうならご自身の結婚生活についてどのようなイメージを持っておられるのか、理想の生活(食事睡眠パートナーとの交流などのスケジュール等)をお聞きしたいです」「過去のトークでは、
・幸か不幸か結婚していないので(今は家族の為に使う時間不要なので)自助会に多くの時間使える→結婚後は自助会縮小? 第10の自助会(結婚)ができるだけ?
・特性ある同士では(生活が?)共倒れしてしまう危険ある
・家父長制の女性版は困る→パートナーは能力が高く、母親ぶらない人が理想?
・あり得ない絆に憧れるロマンチスト→具体的に婚活する気は無い?
プライベート過ぎる質問ですし、答える必要全く無いです。メリットが有るとすれば「僕の理想」を掲げたら誰かが「私はあなたの理想どおりです!」と結婚志願者が現れるかもしれないです。。」
横道 これは人の心に土足で踏みこむことにためらいがない人のリクエストですね(笑)。アサーティヴ・コミュニケーションを練習して、「どうやったらじぶんにとっても他人にとっても好ましい表現で人に接することができるか」という技術を磨くことをお勧めしたいです。
──そういう横道さんもだいぶ厳しいですけど。
とりあえず、「私はあなたの理想どおりです!」という人が現れるかもしれないので、お願いします。
横道 幼稚な考え方と思われるのは知っていますが、とりあえず結婚を一度もしたことがないので、「ちょっとやってみたい」というのが、いちばんの理由です。子どもの頃から夢見ていた研究者になれたし、時間はかかったけど博士号を取得できたし、50カ国近く旅行したし、10種以上の言語を学んだし、集めたいものは高価すぎなければなんでも集めてきたし、執筆や講演の依頼もどんどん来る。毎日かなり自由に生きることができていて、「あと足りないものは?」と考えたら結婚生活ということになります。
──ないものねだりのようなものですか。
横道 はっきり言えば、そういうことです。私は世界中の行きたいところをかなり行きましたが、南極に行ったことがないから行ってみたい、月面に行ったことがないから行ってみたいと思っています。それと同じような範疇の空想性の高い夢です。
──結婚は南極旅行や月面旅行と同じジャンルなんですね。それは結婚してくれる人がいなさそうです。
横道 おそらくそうかもしません。あるいは、それで良いから結婚したいと言ってくる人は、私と同じくらい危ない人なんじゃないでしょうか。
──結婚したら子どもはほしいですか。
横道 基本的に相手の希望に任せますが、私自身は子どもが怖いんです。「この子が小さいときの私みたいだったら困ったな」と思ってしまう。ふだん子どもに関わる機会はほとんどありませんが、関わる際には、ひやひやしてしまいます。子どもの頃の体験って、一生に影響しますからね。少なくとも私にとっては完全にそうでした。
──そもそも横道さんの恋愛状況はどうなっているんでしょうか。
横道 原則として秘密ですが、非常にしょぼく孤独な生活を営んでいます。数ヶ月以内に『解離と嗜癖──孤独な発達障害者の日本紀行』(教育評論社)という本をだします。『イスタンブールで青に溺れる──発達障害者の世界周航記』(文藝春秋)や『ある大学教員の日常と非日常──障害者モード、コロナ禍、ウクライナ侵攻』(晶文社)は海外旅行編でしたが、今回は国内旅行編となります。私が「孤独な」人として旅する本です。
──横道さんは『ひとつにならない──発達障害者がセックスについて語ること』(イースト・プレス)(イースト・プレス)で非モテを自認していますね。
横道 はい。まるでモテません。理由はいろいろ考えられますが、総合的な意味でモテません。
──常勤の大学教員で、本もいろいろ書いていたら、それに惹かれて寄ってくる人はいるんじゃないでしょうか。
横道 そうですね。こちらが交際の希望を断ることも、わりと多くありますね。最近の3年間くらいだと10人くらい断っています。
──それは非モテなんでしょうか?
横道 私は非モテだと自認しているので、非モテの当事者ということでOKです。
──おそらく高望みしすぎなのではないでしょうか?
横道 単純な話として、「私生活でこの人と継続的に会話をしたいな」と思える人がほとんどいないんです。私は自閉症者ですが、見方によっては、伝統的な意味での「利己主義者」に近い側面もあります。
──やはり自助グループ的な対話空間の延長線上に恋愛を考えているんでしょうか。
横道 私は自助グループ活動の鬼です。自助グループでやるような仕方で対話したいと思わない相手に、恋愛感情は湧きません。
──自助グループで対話したいという人は、それなりに多くいるんですよね?
横道 自助グループでは誰とでも対話したいですね。ルールにのっとって話す空間ですから、楽しいです。
──なるほど、明確なルールがあるという点で、曖昧なルールに弱い自閉スペクトラム症者にとって、自助グループは安全な言説空間なんですね。
横道さんは私生活でもルールにのっとって話したいんでしょうか?
横道 私のその願望が理解されることは、ほとんどありません。自助グループ的な対話がなされない「日常」の会話のほとんどから、私の内部に醸成されていく気持ちは「早く死にたい」なんです。
──友だちや同僚と楽しんでいるときでもそうなんですか。
横道 いわゆる友だちや同僚と時間をともにして、幸せな気分になることは困難です。自助グループがなかったら、私はとうてい持たないと思います。
──横道さんは9種類の自助グループを運営しているんでしたね。匿名希望さんは結婚しても「第10の自助会(結婚)ができるだけ?」と書いていました。
横道 第10の自助会を特定のひとりの人と続けていけるのならば、私にとっては満足いく人生が出現します。
──匿名希望さんは「理想の生活(食事睡眠パートナーとの交流などのスケジュール等)をお聞きしたいです」とのことでした。
横道 別居婚が理想です。私はしぶんの身の回りのことだけで精一杯だからです。より正直に言えば、じぶんの身の回りのことすら充分に手が回らないので、ホームヘルパーに週一回のペースで来てもらっています。ふつうの結婚生活は無理だと諦めています。
──リクエストには、「パートナーは能力が高く、母親ぶらない人が理想?」とも書かれていました。
横道 能力の高さはどうなんだろうか。私も低い能力がたくさんあるので、人の能力の低さには寛容だと思います。高いも低いも相対的な評価ですしね。でもどこかしら感心する美点がないと、充分に尊敬を維持していくのは難しい気がします。互いの尊敬は必須です。
母親ぶる人は、ご推測のとおりダメです。私はいかにも頼りない人なので、「母親的存在になってあげたい」という感じで、いわゆる「母性」を発揮しながらアプローチしてくる人は、これまでに何人もいたのです。しかし残念ながら、私にとってはそういう人が何よりも困難です。
──母性を発揮しないようにしなくてはならないとなると、窮屈ですね。「優しさ」が母性のようなものとして自然に出てしまう人も多いでしょうから。
横道 だから、まあ私はひとりでさみしく生きていくのが良いのではないかと思います。
──「あり得ない絆に憧れるロマンチスト→具体的に婚活する気は無い?」という指摘にはどう思いますか。
横道 70歳とか80歳で終活として結婚するのもアリかもしれないなあと思います。上野千鶴子さんに関して、最近話題になったように。
──いまの時代だと結婚願望がない人も多いと思うんですが、横道さんはあるんですよね。それはそもそもどうしてなんでしょうか。
横道 おそらくそれは小学生時代、母から肉体的暴力を振るわれていく日々によって、母の内面性をだいぶじぶん自身にダウンロードし、インストールしてしまったからだと推測しています。結婚願望は、私の本来の欲望ではない可能性が高い、と推測しています。
──お母さんのことが苦手なのに、お母さんのプレゼンスが横道さんの内部で決定的なんですね。
横道 ですから、かんたんに「マザコン」と表現することは不可能ではないでしょう。
頭木弘樹さんは「もし難病に罹らなかったら」とつい考えてしまうそうです。私は「もし発達障害がなかったら」と考えることはありません。20歳で発症した頭木さんの難病と異なり、発達障害は先天的に私に付随していましたから、それなしの人生がイメージできないのです。しかし母との葛藤は後天的な問題ですから、「もしそれがなかったら人生はどうなっていただろうか」とよく思います。成長過程で失ったものが大きいと思っているので、頭木さんの気持ちはそれなりに理解できます。
──認知の転換、リフレーミングをしたほうが良いと思いますが、おそらくそれはご自身でもたくさんやってみたんですよね。
横道 もちろん。ですから私はこの問題で怒りに燃えたぎっているとかではなく、ひたすらじぶんの無力に失望しているのです。
──さて、みなさん。こんな横道さんに「われこそは」と思う人はどうぞ。
横道 そんなタイミングで、そんなことを言うんですか。
──うなだれていてかわいそうだから、チュッパチャップスをあげます。
横道 ありがとうございます。
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