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まな板の上の

宮城県産の天然もの。
つぶらな瞳が、「今夜はいかが?」と私を誘っている。

「お買い得よん♪」と。

ほう、これは私に対する挑戦と受け止めた。

この前、包丁も研いだばかりだぞ。
ふっふっふ、よし、受けて立とぉではないかぁ!

そうして、私は意気揚々と「真鯛ください!」と、声高らかに注文しそうになった。

その刹那…。
手を引っ込め、大事なことを思い出した。

(おい、冷静に考えろ。
たった今、お前はお肉屋さんでひき肉を買ったばかりではないか。
今日は子どもたちが喜ぶ、特製のミートソースパスタにすると言っていただろう。
パスタに鯛で、どうやってテーブルの落とし前をつけるというのだ。)

晩ご飯を担当する主夫は、魚屋さんで一人、葛藤にさいなまれていた。

(どうせお前は、鯛をさばきたいだけだろう。
子どもたちが喜ぶのは、せいぜい鯛めしくらいだ。
それ以外は、酒の肴にしかならないことを十分に知っているはずだ。)

でも、と反論する。

(ミートソースは明日作ることもできる。
一方、この真鯛は今ここにしか居ないのだ。
しかも、最後の一匹ではないか。つまり「The Last Snapper」なのだっ!!
まがいなりにも武道を志すものとして、この勝機を逃すことは死にも値する。
ほら、こうやってウダウダ悩んでいる間に、そこにいる大将が「お、いい真鯛だな!」なんてさらって行ったらどうすのだ。
そうなったら私はもう、悔やんでも悔やみきれないではないか。
いやだ、そんなのは絶対にイヤだ。
私は、心の声に素直に従って行動するのだ!
今日は、何としてでもこの真鯛ちゃんを連れて帰るぞ。
そして、子どもたちが喜ぶ晩ごはんを絶対に作って見せるのだーっ!!)

という訳で、ただいま我が家のまな板の上には、鯉ならぬ、鯛が鎮座している。

(自分の意思では、どうしようもないからなぁ…。)

この真鯛ちゃんの魅力には、どうしてもあらがうことはできなかった、のである。

もはや、覚悟するしかないだろう。
後は、家族の胸が弾む晩ご飯を、心を込めて作るとしよう。

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