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もうすぐキャンプインなのにワクワクしないのって

 教育師長をしていた頃、新人看護師の中には毎年何人かメンタルをやられる人がいるのを気に病んで、どうしたらみんながもう少し楽に職場適応できるようになるのかと考えた時に、学校教育と現任教育の間に大きなギャップがあることに気づいて、そのギャップを埋めることのできる役割を担いたいと思い、研究のために大学院に進みました。

 結局いろんな力が働いて、せっかく看護教育を学んだというのに、教育とは全く関係のないところに異動になってしまい、それきり新人看護師教育には携わらないまま今に至ります。
 それでもいろんな場面でかつて関わった新人看護師たちのことを思い出して、あの時のあれはこういうことだったんじゃないか、こうすればよかったんじゃないかなどと思うことが多々あります。

 千葉県にある某大学の系列病院にいたころ、国内の付属大学や付属専門学校を卒業した新人看護師が数多く就職してきました。その中に、福岡の大学を出て上京してきた女の子(Aさんとします)がいて、御多分にもれず彼女はタカ(鷹)ガールでした。

 タカガールとは、福岡ソフトバンクホークスのファンである女性のことです。福岡の大学から入職したスタッフはほとんどがホークスファンで、大学と付属の看護学校は福岡ドームまで自転車で10分かからないところにあったため、熱心なファンの学生たちはよく連れ立って福岡ドームへ試合を観に行っていたといいます。

 入職してからひと月程度は集合研修やローテーション研修(看護部の各部署を数日ずつ体験してみる研修)を通して、職場の雰囲気に慣れることから始めたため、新人看護師たちはみなリラックスして趣味などいろいろなことを話してくれたので、私も一緒になって楽しんで野球の話に入れてもらったりしていました。

 約1ヶ月間の研修期間が終わり各部署に配属されてからは、みな一様に真剣な表情で先輩たちに指導されながら頑張っていましたが、看護の世界というのはある意味特殊であるため、なかなか馴染めない新人も必ずいました。患者さんという「生」の対象を中心に仕事が組み立てられていて、しかも時間的制約が非常に大きく、常にマルチタスクを並行でこなす必要があるという状況が毎日続くと、精神的に追い詰められていくことがあります。
 

 タカガールのAさんもそうでした。
 あれほど好きだったホークスに、全く興味が持てなくなってしまったと言って、教育師長である私による新人面談の席で、ぽろぽろと涙を流したのです。
どんなに忙しくても贔屓チームの試合は常に追いかけているし、時間がなくても情報をとったり球場に駆けつけたりしていた私は、それを聞いて驚きました。

 そんなAさんの様子をみて、仕事とプライベートの切り替えがうまくできないのはよくないことだと思い、千葉県内にあるロッテの本拠地・マリンスタジアムに行ってみることを提案しました。
 私はロッテファンではないけれど、マリンスタジアムには昔から縁があって、好きな球場のうちの一つです。Aさんを元気づけようとして、私はマリンスタジアムがいかにいい球場であるかを力説しました。気分が晴れないときこそ外に出た方がいい、一度行ってごらん、きっと楽しいから。
 ・・・あ、でも負けたら海浜幕張駅までの遠い道程はちょっときついかもね。

 そんな風に水を向けても、Aさんはただぽろぽろと涙を流すばかりで、全く効果がありませんでした。そのあとしばらくしてから彼女は休職を経て、1年間勤務しないうちに退職することを選択しました。

 残念な結果になってしまいましたが、こういったことはAさんだけではありません。多くの新人看護師が、職場に適応できずに心を病んで辞めていくのが現状なのです。だからといって、力になれなかったこと、育てられなかったことを悔やんでもAさんが戻ってくるわけではありませんから、ほかの大勢の新人たちに目を向けてタスクをこなしているうちに、いつしか彼女のことは私の中で「時々いる中途退職してしまった新人看護師」のフォルダに収められ、今日まで思い出すことすらありませんでした。

   とここで、話は昨日のわたくしごとへと変わります。

 野球好きの私は、シーズンが終わってしまった秋口から冬の間は、毎年たいくつな日々を過ごします。今年は仕事で色々あって精神的にかなり荒廃していたので、退屈などと思っている暇もなかったのですが、家に帰ってきてまで考えても仕方のない仕事のことをつらつらと考えてしまっていることに気づいては、ああナイターがあったなら、考える間もなく試合に没入できるのになぁと思ったことは何度かありました。私にとって野球というのは、仕事とプライベートの切り替えのために必要不可欠なものなのだと認識したわけなのです。

 プロ野球というのは、2月1日からキャンプが解禁になります。我々プロ野球ファンにとっては、待ちに待った球春の到来です。やっと「あけましておめでとうございます」といえるのです。その時を待ちわびて、毎年1月の半ばごろから、選手の自主トレーニングの様子をツイッターなどで追いかけワクワクしているのですが、今年はどうもそのワクワクの度合いが低いことに気づきました。

 あと数日でキャンプインなのに、なんでこんなに高揚感がないんだろうか。

 情報は自然と集まってくるので、高揚感がないまでもキャンプのメンバー構成などは把握していて、その構成になった理由などもいろいろ考えてみたりするのですが、どうも楽しみで仕方ないという気持ちになれない。

 そういえば、つい最近話した職場のタイガースファンの医師も同じようなことを言っていたな。なんだか興味がなくなっちゃってるんだよね、って。
 その医師は私と同じ部長職で、医師としての診療のほかにいろんな煩わしい案件を抱えていて苦労してるので、きっと今は野球どころじゃないんだろうなと思って自分の状況と同じだと納得したのですが、ここで私はあのタカガールだったAさんのことを思い出したのです。

 もしかしてこれって、切り替えが効かなくなる前兆じゃないんだろうか。

 ずっと大好きだったものに興味が持てなくなるというのは(ほかに興味の対象が移ったからという理由ではない場合で)、もしかしたらだいぶ精神的にキてるってことじゃないんだろうか。

    趣味に時間を割くことができるのは、仕事や勉強など本分が問題なく進行していて、気持ちに余裕があるときな訳だから、時間にも心にも余裕のないときに興味が湧かなくなるのは当然の流れです。人は生きていくために資源を使うので、余裕がなくギリギリの状態にあるときは、その残り少ないパワーを趣味などではなく生命をつなぐために費やすものだからです。

 日に日に笑顔がなくなっていくタイガースファンの医師の姿をみていて、我が身を振り返りました。私はちゃんと笑えているだろうか。周囲に心配をかけていないだろうか。

 あと1年、自分が決めたデッドラインまで、心を壊さないままここで働き続けられるだろうか。

 無理だと思ったら、ちゃんと逃げ出せるだろうか。

 オープン戦が始まってもこの状態から抜けられなかったらと思うと怖いですが、たぶん取り越し苦労です。先日、同じチームのファンの友人たちと新年会で集まったら今まで通り楽しかったし、気分も晴れたし、きっと大丈夫。

そう言い聞かせながら今日も腹痛と戦い、早朝の通勤電車に揺られて、どこの駅で降りてトイレに駆け込もうかと思案なうです。


 

 

 

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