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魔除けというコンセプトの共通点

 節分は文字通り「季ける」日であり、立春の前日であることから新春の前日=大晦日と捉えられてきました。
 今でも暦の上では、節分を境に2月3日までを前年に数え、2月4日からを新年と考えます。

 節分は豆まきという行事が一般的に知られていますが、本来は季節が移り変わるときに生じる邪気を払うための儀式であったものが、「豆をまく」という形式だけが伝わり残ったものです。節分の日は柊(ひいらぎ)に鰯の頭を焼いたものを刺し、邪を遠ざけるまじないとして飾っていたのですが、最近の家庭ではあまり見かけなくなりました。

 我が家は鬼門の方角に玄関があるという作りなので、今の家を建ててからは節分の日に柊を飾るようになりました。平日だとなかなか行事も疎かになりがちですが、今年は日曜日なのでちゃんと恵方巻も自作するつもりです。(本当はお不動さまの節分会に行きたかったんだけど、娘にフラれたので出かけるのはあきらめました・笑)

 今朝起きて外に出て、柊を玄関に飾っているときにふと疑問に思ったことがあります。

 確かクリスマスにも柊を飾る習慣があるけど、これはどういう謂れなのだろうか、ということです。

 で、さっそく調べてみました。

 クリスマスの時に飾られる柊は、節分の時のそれとは植物の種類が違うようですが、どうやらその意味合いは同じく「魔除け」のようなのです。

 葉の形が似ていて棘があるところが共通しているため、どちらも柊と呼んでいますが、クリスマスの柊は「セイヨウヒイラギ」といってモチノキ科モチノキ属の植物で、節分の柊はモクセイ科モクセイ属の植物なのだそうです。このように、どちらも「ひいらぎ」ですが、本来は全く違う種類のものであることがわかります。

 セイヨウヒイラギは、キリストの足元から生えたものであるとされ、「クリスマスホーリー」と呼ばれているそうです。キリストの生誕を祝う大切なクリスマスの期間に、悪魔や精霊などが悪い影響を及ぼさないように、つまり魔除けとして使われていました。節分の柊も魔除けの意味があるので、洋の東西を問わず考えることは同じなんだなと、妙に感心してしまいました。

 葉に棘があり、鬼の目を突くと考えられていた日本の柊。
 葉の棘が悪魔を遠ざけ、キリストの流した血の色が実の赤を表すというセイヨウヒイラギ。

 意味を知らずにクリスマスを祝ったり豆まきをしたりするよりも、由来を知り日頃のご加護に感謝しながら行事をおこなうと、なんだか心が豊かになったような気がします。

 こうやって丁寧に日々を過ごしていきたいのですが、忙しい毎日に時間を盗まれていると、なかなか難しいところがありますね。

 一度しかない人生なので、なるべく楽しみたいし、辛いことは少しでいい。
 先日、好きなことやりたいことを仕事にしているフリーランスナースの方にお話を伺ってきて感じたことがあるので、それはまた別の機会に。

 とにかく今日は、東北東に向かって恵方巻を食べて、豆をまいて今日までの一年間の邪を祓いたいと思います(^-^)

 

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