センター試験地理Bのムーミン

2018年1月のセンター試験地理Bにムーミンの問題が出た。
ニルスの不思議な旅と小さなバイキングビッケとムーミンとを選択肢にし、旅の指さし会話帳からスウェーデン語とノルウェー語とフィンランド語の例文を出して、組み合わせを答えさせるものであった。
ムーミン公式ツイッターアカウントが炎上し、大阪大学外国語学部スウェーデン語研究室が問題提起しているのであるが、ムーミンの原作者トーベヤンソンはスウェーデン系フィンランド人でムーミンはスウェーデン語で書かれている物語であるのでムーミンとフィンランド語という組み合わせはムーミンがフィンランド語で書かれているという誤った認識を生み出す危険があるという。
文芸作品には作品世界を現実の世界に仮託するということがよくある。
ニルスの不思議な旅はニルスが渡り鳥の集団と旅して帰って来る村はスウェーデンのどこかに設定されている形跡があり、ムーミンの舞台のムーミン谷はフィンランドのどこかとはっきりとした明示はなく、小さなバイキングビッケの舞台フラーケ村はノルウェーのどこかという明示はない。
だが作品のリアリティを強化するときに現実の世界のどこかに仮託して語るということをするので、ニルスの不思議な旅はスウェーデン、ムーミンはフィンランドの北極圏、ビッケはノルウェーにそれぞれ仮託されていると推定されている。
大阪大学外国語学部スウェーデン語研究室の見解によるとムーミン谷のモデルはスウェーデンの島であると主張している。理由は原作者のトーベヤンソンがスウェーデン語話者であるのでフィンランドのどこかにムーミン谷を設定したとは推定しにくいからという。だが、トーベヤンソンはフィンランドに住んでいたので、スウェーデン系フィンランド人というのはフィンランドの少数民族であり、トーベヤンソンはその少数民族に属していたらしい。
ムーミンの作中では、ムーミン谷周辺は北極圏の描写が多く、北極圏のどこかにある架空の精霊が住む谷という描かれ方をしている。
フィンランドの公用語はフィンランド語とスウェーデン語で、歴史からみても北欧諸国はデンマーク王国から別れた国から成り、デンマークからスウェーデンとアイスランド、スウェーデンからノルウェーとフィンランドが別れている。グリーンランドは今もデンマーク領である。
小さなバイキングビッケのテーマソングにはイギリスオランダブルガリアと歌われグリーンランドでお散歩とも歌われており、作中フラーケ村のバイキングはマジャール人と戦いをしたりもしており、ヨーロッパの広域を旅している。
北米に初めて行ったヨーロッパ人はバイキングであるという見解が定説であり、ビッケのテーマソングには端的にその歴史が語られている。バイキングはノルマン人と総称され、その足跡にはグリーンランド、カナダのニューファウンドランドなどがあって、ピルグリムファーザーズやカナダ入植者たちより数百年前にその足跡を残している。
大阪大学外国語学部スウェーデン語研究室の主張では、バイキングにはスウェーデン系とノルウェー系とがいるという。
バイキングの時代はデンマーク王国が成立する前の時代であり、ノルマン人は居たがスウェーデンもノルウェーもまだない時代のことである。
地理Bのムーミンの問題に欠陥があるとするなら、それはムーミンとフィンランド語という組み合わせはムーミンはスウェーデン語で書かれているので成り立たない、トーベヤンソンはフィンランド人なので、ムーミンとフィンランドという組み合わせは成り立つという事柄に尽きている。
旅の指さし会話帳を引用している出題なのでフィンランド語であり、ムーミンとフィンランド語という組み合わせになってしまっている。
本来この問題は北欧諸国の地理、語族という概念を試問したもので、そこで例に出したムーミンが国や民族などを度外視した観点から書かれた物語であるのにそれを国や民族や語族の判定材料に採用したところに今後の参考となる問題があったということになる。

追記 2018・1・19
1994年講談社刊のムーミン谷への旅でトーベヤンソンがインタビューに答え、ムーミン谷はスウェーデンの祖父の住むしあわせな谷とフィンランドの島々が合わさったものがモデルであると語ったという。(2018.1.19読売新聞)
だが、センター試験の問題でフィンランドを答えさせるときに旅の指さし会話帳フィンランド語を使っている。
ムーミンはフィンランドの島々を舞台の一方に仮託し、もう一方の舞台はスウェーデンの谷に仮託しているということになる。
ムーミンは一部はフィンランドの物語とは言えるが、大阪大学外国語学部スウェーデン語研究室の指摘によるとスウェーデン語で書かれている。
センター試験の正答とする根拠は少し弱いと言える。

ムーミンの問題そのものは地理と語族の試問としては良問なのですこし惜しまれる。
センター試験での出題では語族を試問していてフィンランドとスウェーデンという隣国で語族が異なり、それは北欧諸国の歴史や民俗、民族、地理、政治、文学、言語というものを理解しておらねば実相は見えてこない。大学に入学してそのことを歴史からか政治からか地理からか言語からか民俗からか文学からかで色々なアプローチをするときの基礎知識を試問するにはセンター試験がいい機会である。

以降この問題を検証するときに読んでおかねばならぬ本は、ムーミンの原書ということになる。
大阪大学外国語学部というのは前身が大阪外国語大学で、そのモンゴル語学科卒業生には作家の司馬遼太郎もいる。外国語で書かれた小説を読むにはやはり外国語大学などで学ぶことになるのでその入口のセンター試験の出題で疑議があると見解を出すことになろう。

バルト海のオーランド諸島というフィンランド領だが自治領という諸島がスウェーデンとフィンランドの間にある。フィンランドという国は歴史的にスウェーデンから独立し、ロシア帝国に組み入れられ、その後ロシアからも独立したことと、隣国としてスウェーデンがあるためにフィンランド本土も住民にスウェーデン系とフィンランド系とが混住している。オーランド諸島の住民の大半はスウェーデン系でオーランド諸島が自治領なのは歴史的経緯による。新渡戸稲造が裁定した新渡戸裁定で現在のフィンランドだがスウェーデンにいつ復帰してもいいという自治領のまま、大幅な裁量権を持ったまま現在に至る。
ムーミンという小説が書かれた背景にスウェーデンとフィンランドの歴史や二国関係が濃厚に影を落としているのであえてムーミン谷はどこにあるかをトーベヤンソンも作中で言わなかったのかもしれないし、そもそもムーミンは童話なので、国や民族からは自由に描こうとするであろう。

(筆者注)
当初値段を付けて有料公開としていましたが、内容に不十分な箇所がありました。無料公開といたします。