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Sir Thomas Lipton

2024年4月12日
職場のデスクの背中側にあるオンエアモニターでは松山英樹が+4と出遅れ、ブライソン・デシャンボーという知らない選手が-7でトップを行くマスターズゴルフが流れている。
トップから6打差の18タイにタイガー・ウッズが、一緒の組で回るオーストラリアのジェイソン・デイは子供の頃貧乏で、タイガーの本を読んでプロゴルファーを目指したという逸話が披露されている。タイガーももう53歳か・・・
彼は大学生の時に脚光を浴び、当時まだ少ないアフリカ系人種のプレイヤーとして全英オープンにやって来た。スコットランドの田舎にあるゴルフ場周辺は保守的で色々大変だったろうと思うが、特に秀でた成績は残せず、それでもマス・メディアの人気は凄くて、試合後の会見にはトップの選手よりも多くの記者が集まった。記者達が呼びかける「タイガー、今日のラウンドは・・・」名前って大切よね。
さて、私の紅茶好きのルーツは大体この辺にありまして、全英オープンゴルフの中継スタッフとして毎年通ったイギリスでホテルの朝食といえば紅茶です。
レストランで着席するとやって来るメイドのおばさまが「Tea or coffee?」とお尋ねになる。すかさず「Tea please」と答えると満足げに頷き「With milk?」「Sure」伝統文化のお好きな方達の国なのです。
その国でまだ紅茶文化が上流貴族だけのものだったのを庶民にまで広げたのが、サー・トーマス・リプトンさんなのです。

写真はWikipediaより

19世紀の人物の写真があるってのがイギリスだよね〜
Wikiによるとトーマス・リプトンさんは1848年、スコットランドのグラスゴーで小さな食料品店を営むアイルランド出身の両親のもとに生まれました。10代でアメリカに渡り南北戦争後で就職難のなか必死で働き、25歳でグラスゴーに帰ると2年後に食料品店をオープン。宣伝やイベントを通して次々にチェーン店を増やし40歳の頃紅茶事業に参入、中間業者を廃して品質は高いが値段は安い紅茶を販売し、それまで中流階級以上の物だった紅茶を労働者階級まで普及させ一大紅茶ブームを巻き起こしました。
そして42歳の時銀行家の薦めでイギリス領のセイロン(現スリランカ民主社会主義共和国)に行き、視察後すぐに農園を購入「茶園からそのままティーポットへ」のキャッチフレーズで世界中に紅茶買い付け販売のネットワークを形成しました。
その5年後には英国王室御用達になり、ビクトリア女王からナイトの称号を授与され、サー・トーマスとなったのだそうです。50前だぜ、スッゴイなぁ〜
やっと本題に入りますが、そのサー・トーマス・リプトンが最初に買い付けた農園がセイロン島のウバ州にありまして、世界3大紅茶生産地のひとつウバ茶なんですね。(あとの2つはインドのダージリンと中国のキームンです。)
昭和生まれの私には馴染みのある黄色い紙袋に入ったティーパックLiptonの由来がこんな感じだったんだなぁ〜なんて思いを馳せながら濃いめのウバ茶にミルクを垂らしていただきます。

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