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物忌みとは

世情を反映して外出自粛ムードが漂う中、平安好き、装束好き界隈ではこの自宅に引きこもる行為を「物忌み」と称している。

この界隈をご存じの方は「あぁ、物忌みね」で通じるのだが、世間一般では物忌みという言葉は通じないらしい。時折「物忌みって何ですか?」と問う声も聞かれるので、ここに物忌みとは何かを記してみようと思う。

もっとも分かりやすい説明がなされているのは豊島泰国氏著書の「【図解】日本呪術全書(原書房)」の一説である。

平安の貴族社会では、夢見が悪い場合や、何か不吉なことがあって気にかかる場合は、門を閉ざし、数日外出せずに身を慎みながら、家の中に引きこもっている事があった。それを物忌みという。

要は、災いが通り過ぎるのを身を清めて慎ましく過ごしながらやり過ごそうとしたのが物忌みである。
正式な物忌みには作法がある。陰陽五行説に基づいた暦や占いで時期や期間を決め、物忌みのための方位も日時も陰陽師によって決められていたという。

物忌みを行うにあたっては諸説作法があるようで、様々な書籍で作法が書き残されている。
あるものは「物忌」と書いた柳の枝を吊るしたり、忍草やすだれ、冠に吊るしたり刺したりしたと書かれているが、別の書には「物忌」と書いた紙を門やすだれに張っていたと書かれている。とにもかくにも「我が家は物忌み中だからよろしく!」という事を周知してもらうための措置であるというのが目的の一つらしい。

平安時代には休みの日というのが基本的になかったらしい。
なんだかんだ小難しく書いてはいるが、時には出仕をサボりたい貴族が物忌みを理由にサボったという記述も目にしたことがあるので、これは上手い口実だと思う。もちろん、真剣に陰陽師の言葉を信じて物忌みを行っていた貴族もいるだろうが。

現代で「物忌み」が持て囃されたのは「疫病による災禍に見舞われたから」だろう。
古来、疫病は疫鬼が運んでくるものとされ、この疫鬼に出逢わなければ病に伏せることもないとされていた。そのため、門戸を固く閉ざして引きこもり災厄である疫鬼が行き過ぎるのを待ったのだ。

疫病蔓延に引きこもりとくれば平安時代であればもう即「物忌み」である。
冷静に考えると、外出自粛で疫病蔓延を食い止めようとしている現状においては「物忌み」が推されるのも頷ける。

平安貴族が行った物忌みも、身を清めてとはいうものの昼間から酒を飲んでいたのではなどという話を聞いた覚えもあるので、家によって、状況によってはまま緩いものだったのだろう。

折角、公に外出自粛と言われている昨今、平安時代に思いをはせながら雅な平安貴族のような物忌み生活を体験してみられてはどうだろうか。

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