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あの日、心の声は言葉にならなかった

帰り道、夜の電車に乗る。疲れている日は、読書や勉強もせずにイヤホンからシャッフルで流れてくる音楽と電車の揺れの心地よさに浸る。

音楽は大好きだけど、洋楽も邦楽もロックもクラシックも何でもかんでもこだわりなく聞いては、次の曲を求めてまた新しいジャンルを開拓してしまう。

そんな私が、プレイリストからずっと消せない曲がある。


それは、Ed Sheeran の Thinking Out Loudという曲だ。


この曲は、大学に入って初めて仲良くなった友達からオススメしてもらった。

彼は少し年上でちょっと人生を遠回りしていたからか、その自由な思考回路や何も恐れず進んでいく姿は、高校を卒業してすぐに大学生になった自分にはとても新鮮で魅力的に見えた。

彼も私を可愛がってくれていたようで、よく面倒を見てくれた。

夜の公園に散歩に行ったり、一緒に試験勉強したり、今までの人生のことや将来の夢なんかを話したこともあった。

特別といえば特別な存在ではあったけれど、お互いに恋愛感情とはまた違った、不思議な関係だったと今振り返ってみても思う。


大学2,3年生にもなると私も大学に慣れてきて、友達や居場所も増えた。だんだんと自分でいろいろな挑戦ができるようになったところで、彼と会うことも少しずつ減っていった。

お互いの忙しさが原因か、彼に恋人ができたことが原因か、今ではよく思い出せないけれど。

ケンカとかすれ違いとかそういう何かがあったわけではなく、それぞれの道を歩き始めたお互いを見守ろうね、みたいな距離感だったように思う。


とは言っても、大学では毎日同じ教室で顔を合わせていた。彼は我が道を譲らない人なので、時に友人や先生と対立しているのも知っていたし、彼自身もまた人生に焦って空回りしたり苛立ちを抱えていたこともわかっていた。

自由で、いつもふらふらと寄り道しては夢中になって帰ってこないような人だったから、時に周りからは疎まれたりもしていたけれど、私はそれも彼の良いところなんだよ、なんて思っていた。

「また学校に来ていない」「今回も試験を落としている」「協調性がない」なんていう周りの声を聴くたびに、早く彼が成功したら良い、なんて勝手に願っていた。


小心者の私は彼みたいに自由に強くは生きられなかったけど、それなりに順調に人生を歩んでいたと思う。



そして、次の日学校に行ったら、彼はいなくなっていた。

直接的な原因も理由も何も知らない。わからないように、きっと彼がしたんだろうと思う。


しばらくしたある日、大学の授業でこんな話を聞いた。先生は彼の一件を知らなかったので偶然だと思うが、そのときの話を私は今もずっと忘れられない。

何の授業のどんな文脈だったのかは思い出せないが、いわゆる自殺の名所と呼ばれる場所で、今まさに命を絶とうとする人はどのような行動をしているのか。

「防犯カメラに映った彼らは、直前まで自分のスマホを見ている。そして、それをやめて、命を絶つ選択をする。もしあのとき誰かが彼らに電話をかけていれば、メッセージを送っていれば、何かが変わったのだろうか、と思います。」


私は、大学に入りたてのある日のことを思い出していた。

その日、私は部屋から出られず何も手につかないくらい、ひどく落ち込んでいた。

理由は前日のテストがうまくいかなかったから、という他愛もない理由なのだが、大学に入ったばかりの私は少々メンタルをやられていたところがあった。初めて会う人に囲まれて、みんな優秀に見える。のんびりした風潮の中高では勉強なんてそんなに一生懸命やっている人はいなかったし、周りの真剣な雰囲気を見て焦ったことなんてなかった。

誰もが簡単に通るような試験で失敗してしまったことがショックで、今までの人生も自分自身も否定されたような気分になっていた。そして、こんなときどうしたら良いかわからない私は途方にくれていた。


そんなとき、彼から電話があった。「大丈夫?元気ないって聞いたけど、」といつもの軽い声で笑われた。

その言葉に、電話に、どれだけ救われたことか。

不安な気持ちを抱えていること、プレッシャーを感じてどうしたらよいかわからないこと、とりとめなくまとまらない言葉で話す私を、彼は笑いながらでも真剣に聞いてくれた。


そして、彼はこの曲を教えてくれたのだった。

彼はこの曲に大切な思い出を持っているらしく、とても素敵で忘れられない曲なんだ、と言った。


今私がこの曲を聴いて心の中に広がる気持ちは、寂しさだろうか、悲しさだろうか。

どちらかというと懐かしさかもしれない。

When my hair's all but gone and my memory fades
And the crowds don't remember my name
When my hands don't play the strings the same way
I know you will still love me the same

Well, I'll just keep on making the same mistakes
Hoping that you'll understand

タイトルにもある 'Thinking Out Loud' は、この思いを、心の声を、声に出して言いたい、みたいな感じか。

自分がどんな姿になっても、年をとっても、変わらない気持ちでいたい。

間違えたとしても、失敗したとしても、きっとあなただけには理解してもらえると思いたい。

そんな歌詞を聞くたびに、私はいつも思う。


彼がいなくなってしまったことについて、あのとき声をかけていれば、とか、もっと定期的に会っていれば、とか、考えだすときりがない。

正解がなんだったのか、きっとこれからもわからないだろうけど、どうしても後悔してしまうことがある。

それは、どうして彼の言葉と電話にあれほど救われたことを今まで思い出さなかったのかということ。

どんな結果になっても、関係性が変わっても、周りからどう思われようとも、評価がどうであっても、私はあなたの味方でいるよと言えなかったのか。心の中で勝手に応援して、それが伝わらないことを今まで気づけなかったのか。


このnoteは誰かに何かを伝えたいとか、自分が何かを学んだとかそういうことは書くつもりはなかったし、書こうと思っても書けない。

ただ、友達にも家族にも、そして彼自身にも、誰にも言えなかった言葉を残しておきたいと思った。エドシーランを聞きながら、今日も私は生きている。


#思い出の曲

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