第11話「岐路」
前回 第10話「つながり」
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カフェテリアにて
亜衣は昼休みにカフェテリアのいつもの窓際の席で、今日は手軽に食べられるドーナツを頬張りながら、良い意味で後出しとなった企画申請書の文面をチェックしていた。
「むふぅ〜、このイチゴのフレンチクルーラー、おいひ〜。」
と言いながら良い顔で文面に校正マークを入れる亜衣。
そこに例によって同期の寛子がやってきた。
「亜衣! さすがにご機嫌ね。あなたやったわね。うちの課でも伊丹君が手柄を10倍くらいに大げさに言いふらしてて、話題は亜衣のプロジェクトの件で持ちきりよ。」
寛子が手を腰に当てながらもう片方の手で亜衣を指差しながら言った。
「もう〜、伊丹君ったらやめてクレメンスよ〜。」
亜衣は前の晩に距離がだいぶ近づくまで話せたMikyさんの口調を真似て言った。
「何それ。 てかさ、あたしアメリカに行く話したじゃない? あの後すぐに人事に年内いっぱいでの退職の申し出をしたのよ。」
寛子が隣に座ってヒソヒソ話に切り替えて言った。
「え、もう言ったの? 早い!
本当に禅は、、、いや、善は急げね!」
亜衣は思わずそう言った。
「ん? 何で言い直したの? まあいいや。
人事に申し出る時さ、私『この会社が好きだし辞めたくはないです。長期休職が無理なら、再雇用制度とかありませんか?経験を活かして絶対会社に貢献します。』ってお願いしてみたの。そしたらさ、嬉しい提案があってさ。
〝交換留職“っていう制度を作りたいらしくて、誰かファーストペンギンになれる社員を探してたみたいで。」
※交換留職
https://jinjibu.jp/keyword/detl/574/
「交換留学の仕事版なんだけど、なかなか提携先が見つかんないらしくてさ、まずは交換じゃなくて片道で化石発掘会社とのパイプを作ってくれないかって。出向みたいな扱いだから、もちろん帰国後は復籍できるの。それも海外勤務後と見做して昇進の可能性大ってことで!それに帰国後は発掘用の遠隔ロボットのプロジェクトに実地経験者として入って欲しいんだって!」
寛子は自分の新たな人生が走り出したこと、一度は自分と両思いになった今の会社とつながったまま経験を還元出来ること、それらの〝神様がくれたチャンス“をまずはしっかり意識して一歩を踏み出そうとしていることに気分が高揚していた。
「願ったり叶ったりじゃない!凄い! それってあんたがオープンマインドで行動に移したからよ!きっとそうよ!寛子自身が手繰り寄せたんだわ!」
亜衣は、親友がまさに人生の岐路に立って将来を切り開こうとしているところを目の当たりにして、同じく気分が高揚した。
「ありがとう、亜衣! ああっ、これでアラン様似の彼と心置きなくアドベンチャーできるわ!」
寛子が両手を組んで祈るようにして遠い目をしながら言った。
(ダメだ、こりゃ。)
亜衣はそう思ったが、
ただ、実際に今の会社や出向先となる発掘会社の待遇を自分で取り付けた寛子の行動力や、運を手繰り寄せたオープンマインドの大切さを実感し、本当に自分の〝意識“しだいで人生が変わるのだと納得した。
「あー、でも寛子アメリカに行っちゃうのかー。寂しくなるなぁ。。」
気のおけないお茶友がいなくなるのは残念だった。
「あんたも今のプロジェクトを進めたらさ、やりたいことを自分でつかめば良いじゃない。プロジェクトだって、成果しだいでは新規事業部に格上げになるかもよ? 期待してるから。」
今度は寛子が応援するように言った。
「うん! そうなるように頑張るわ。
期待しててクレメンス!」
亜衣がそう気を吐いて言ったのを寛子が聞いて、
「てかあんたその語尾、昭和世代のオヤジが好んで使う某掲示板用語よ! ダサいからやめときなさい。あ、そろそろ行くわね、じゃあまたね!」
と忠告して立ち去っていった。
「それを先に言ってクレメンス。。。」
亜衣がボソっと呟いた。
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帰宅後
無事に企画申請書を課長に通してから帰宅してきた亜衣は、昨晩Mikyさんと約束した時間まで、前回習った水平線の復習をしておこうとチャートを開いた。
「前回Mikyさんに個人レッスンを受けて、初めて上下反転で見る意味が分かったのよね。いかにバイアスがかかっていたか実感したのよ。。 それに値幅が出る時は、多くの場合単純なサポートラインが走って来ていることも。」
亜衣は過去チャートを目視しながら、水平線を基準にエントリー出来るポイントと出来ないポイントを判断していった。
でも、いわゆるサポートラインが絡んでいないように見える所からも動き出していることが多いわ。そこでも入れればグッとチャンスが増えるんだけどなぁ。よし、今日Mikyさんに聞いてみよう。」
亜衣は約束の時間まで少しお腹に何かを入れておこうとPC席を立ってキッチンへ向かった。レオナルドは螺旋を描いてカゴに収まっている。
冷蔵庫の中のポテトサラダをサッと食べ、パックのバナナジュースを手に持ってPC席に戻った。
「URLはこれでお願いなんだし!」
Mikyさんからのメッセージ。亜衣はもう早く声を聞きたい、早く質問したいという気持ちだった。
「お疲れサンガツね〜」
(Mikyさん、可愛いw)
亜衣はもうMikyの弟子というよりはコアなファンになっていた。
「Miky先生、お疲れサンガツですぅー。昨日はどうもありがとうございました。Miky先生のことをもっと知ることができて嬉しかったです。凄い人だとは思っていましたけど、そんなに凄い人だったとは。。。」
亜衣はもう緊張するというより、「私はこんなに凄い人とやり取りしているのよ。私の先生なんだからね!」っと誰かに自慢したい気持ちになっていた。
まあ同期の寛子辺りに言うと「やっぱり外人さんじゃない。やめときなさい!」って感じで自分のアラン様は棚に上げてそう言われてしまいそうだからあの子には言わないけど、、、と思いながらも亜衣は今日もMiky先生と話せる嬉しさで、ご機嫌な様子でPCに向いていた。籠の中からレオナルドがシッポをフリフリしている。
「亜衣も〝元気”が出たみたいで良かったンゴねー。最初話した時は何だか〝精気”がないような感じだったンゴよー。」
亜衣はそう言われてハッとした。初めてMiky先生と話した晩から何か〝流れが変わった”気がしていた。マインドがオープンになり、生まれ変わったような、いや気の入っていなかった肉体に初めて精神が宿ったようなそんな気さえしていた。
「亜衣、自分が生きているんだ、生を受けているんだということが意識できれば自然と他者とも気が通じるンゴね。亜衣も保育園で経験したンゴ?大きな大きな気の通い合いを。
心に満たすべき気っていうのは、難い気質でも荒い気性でも悪い邪気でもなくて、〝運気の気”なンゴよ。
運気を他人にも配るようにすると良いンゴよ。皆がそうやって心掛ければ街に活気が出てきて景気が良くなるし、自分が中心になってその気風を広げたら人気が出てまたまた良い気分で過ごせるンゴねー。まさに『情けは人のためならず』ってやつンゴよー。」
※情けは人のためならず
https://www.bunka.go.jp/pr/publish/bunkachou_geppou/2012_03/series_08/series_08.html
他の人に言われたらインチキ臭く思えたかも知れないが、まさに自分のマインドを開かせて気を与えてくれたMiky先生が言うと説得力があった。
「ではMiky先生、、、どうやったら〝色気”を出せますか?」
亜衣がクスッと笑いながら聞いた。
「そ、それはワイに聞かないでクレメンスー。。。」
と初めてMiky先生が返答に困ったところで、
「ぷはっ!」と2人同時に吹き出し、一緒に大笑いをした。
「あはははっ、、、はぁ〜あ。。。
あ、Miky先生、私の同期に寛子って子がいて、彼女考古学が好きなんですけど、なんとこの度アメリカ大陸での発掘調査の一団に加わることになって!
身近な友達が本当に夢を叶えるためにオープンマインドで運気を手繰り寄せたのを目の当たりにして、とても刺激を受けました!!行動すれば夢って叶うんだって。。。」
亜衣は自分ももっと変わりたい成長したいという一心で、その気持ちをMiky先生にぶつけた。同じ年とはいえ、大学には行かないという選択を自分で取ったMiky先生。それはMiky先生にとってはおそらく決断というよりもごく普通に自然に当たり前のように周りがどうあれ「自分がそうしたいからそうする」という本当に普通の選択に過ぎない選択だっただろう。
自分だったら高校生の時に周りの生徒が皆進学する中で自分はやりたいことがあるからとそちらを優先して大学には進学しないという人生を選べただろうか。それも学業が出来るというたったそれだけのことをアイデンティティとも呼べない〝こだわり”として持っていた自分が。。。
世の中には将棋のプロとしてやっていくと決めて、国立大学附属の高校を辞める人もいる。
起業するからと国内トップ私大への内部進学を蹴って会社を起こす人もいる。もちろんそういう人の中には夢破れる人だって少なくないだろう。
ただ少なくとも自分の人生を自分で歩いている気がする。そしてそういう人達は、その時描いた夢が叶わずともまた別の道で〝生きてやってる”感じがする。
自分はどうだろうか?破れるための夢すら持ってないじゃないか。いつも学生時代のノリでつるんでいた友は人生の岐路に面してあんなにキラキラした目で夢に向かって走り出そうとしているのに。。。
「亜衣、亜衣だって企画がプロジェクト化したンゴ? それももはや今は夢の1つンゴね。幼かった亜衣みたいに個性に気づいてもらえない子どもたちの自我を目覚めさせて、その子達の人生を切り開くためのシステムでもあるンゴ? 誰にだって出来るわけじゃないンゴよ。
ワイは素直に凄いと思うンゴよ。ワイだってもっと早く亜衣のような人と出会っていれば。。。いや、何でもないンゴね。。。」
Miky先生が亜衣の仕事を認めてくれつつ、ご自分の研究がうまくいってないのか、含みのある言い方をしたが、亜衣は余計な詮索はしないでおこうと聞き流し、また友の話をした。
「仕事もうまくいって後は色気が出てきたらもっと人生上向くんですけどね。寛子みたいに男の人との妄想きっかけで人生が開けるってこともあるかもしれないし。
あ、寛子ったら転職先の上司になる人がアラン博士に似ているっていうので、アメリカ行きの一大決心をしたんですよ。 アラン博士、たしかにダンディですけど、Miky先生はご存知ですか?」
ジュラシックスペースはアメリカの映画で、ひょっとしたらMiky先生のお国のことが聞けるかも知れないと探る意味でも聞いてみた。
「アラン博士! ワイが最も敬愛する数学者の1人なンゴよ! あ、もちろんコンピュータ科学の功績も凄いンゴねー。亜衣の友達はアラン博士が好きなンゴかー♪ ん? でもアラン博士は早死にされてるからダンディとまでは行かなかったんじゃないンゴ?」
Mikyさんは好きなキーワードが出たからか、珍しく早口で答えた。
「Miky先生、アラン博士っていうのはジュラシックスペースに出てくる考古学者のアラン博士のことです。ほらハリウッドの恐竜映画の。」
話が噛み合ってないなと思いながら答える亜衣。
「あ、そっちなンゴ? アラン博士って言うからてっきりアラン・チューリング博士かと思ったンゴよー。パソコン好きなワイにとってはアラン博士といえば彼なンゴねー。」
※アラン・チューリング
イギリス人。コンピュータ研究者としても有名で計算機科学分野のノーベル賞でもあるチューリング賞が作られている。 英国50ポンド紙幣と言えば故エリザベス女王の肖像画のイメージがあるかも知れないが、実は裏面にはアラン・チューリングが載っている。
https://jpn.nec.com/rd/column/202102/index.html
「あーっ、たしかにアラン・チューリング博士もいますね!大学の頃、ゼミで彼の暗号理論を扱いました。でも寛子が惚れてるのはダンディなほうのアラン博士です。渋い男が好きとかでw」
レオナルドに続いての博士違いだったが、Miky先生の好きな偉人をゼミでテーマにしていたことが分かり嬉しかった。
「まあ私は色気も余裕もないんで、オジ様には見向きもされないでしょうけどね。
Miky先生、これからは仕事はもちろん、何としてもMiky流トレード術を身につけて、余裕のある格好良い女になれるよう頑張ります♪」
亜衣は改めてMiky先生がプロジェクトを評価してくれたこと、Miky先生との共通点を1つ見つけたことに喜びを感じてそう言ったのだった。
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チャート
ひとしきりお喋りをしてから、そろそろチャートに入り込むかという感じで
「Miky先生、質問です。」
と亜衣が言った。
亜衣は不思議なことに前の晩に「Miky先生が日本人ではない」と聞いてから、変な忖度というか遠慮というか、そういうものは必要がないと無意識に思い、良い距離感で積極的に質問できるテンションになっていた。
「おっ、望むところなンゴね〜。」
Miky先生は相変わらずの調子である。
「あのぅ、単純な高安の水平線を基準にMAを見て仕掛けるタイミングは分かりました。
ただ、チャンスがそんなに多くはない気がするんです。もちろんチャートに張り付いていれば1日何トレードも出来るとは思うんですけど、私みたいに勤め人でトレードに使える時間が限られている場合、あまり効率的ではないのかなと。。。」
亜衣は実戦的な質問をした。
「ん? 亜衣は円がらみの通貨ペアを1〜3コ見ているって言ってたンゴね。クロス円だけだと連動することが多くて、そうするとチャンスの有る無しのタイミングも重なってしまうンゴよー。
他の通貨ペアとかゴールドなんかもやってみるンゴねー。」
Mikyさんはブログの中で「出来高が一定量以上で安定しているのものなら動きは同じ」と言っていた。亜衣も何度も読み返して覚えてはいる。
「で、でも、私にそんなにいくつものペアを監視出来るかなって。。」
亜衣は謙虚になったつもりで言った。
「ん? 監視? 何の話しンゴ?
亜衣は仕事終わりの時間を中心に、水平線でかたどった値動きをサッと取るスタイルを身につけようとしてるンゴね? 実際一緒にやったら出来たンゴね。
で、そもそも監視が出来ないから水平線での機械的手法をやろうとしてるンゴね?
元から監視は出来ないンゴよ?
パッと見て良い形の通貨ペアを見つけることについては、1ペアも10ペアも同じンゴよ。」
Mikyさんは言った。
「そ、そうですけど、、、」
亜衣は思い込みが抜けない。
「まあクロス円同士とか、ユロドル・ポンドル とか、似ている動きのもの同士は『今日はパッとした動きじゃないな』って思ったら捨てれば良いンゴ。結局、知っている形になりそうなのは1〜3ペアに落ち着くンゴよー。」
Mikyさんが言った。
「な、なるほど。最初のほうに見たやつが知っている形なら、それでやれば良いんですね。全部を監視するんじゃなくて『パッとしないものでは無理してトレードしない』ってことか。。。」
亜衣は「チャートを見る=監視をする」というイメージから、「チャートを見る=自分がトレード出来るシーンとそうでないシーンの仕分けをする」というイメージに修正した。
「もちろん値動きの流れが大方分かっているっていうのであれば1つの通貨ペアでやって良いと思うンゴ。ただ、分かったつもりの状態でそれをやると〝斜めラインの値幅到達で反転狙いの逆張り“とかに手を出してやられちゃうンゴよ。
1つの見方にこだわるならば、あえて流れは大きく捉えずに水平でかたどった区間に焦点を当ててやるっていうのもポジポジ病を防ぐ1つの方法なンゴね。亜衣はひとまずクロス円にユロドル・ポンドルを足して5つくらいでやると良いンゴねー。」
具体的に言ってくれるMiky先生。
「はい!それでやってみます!」
亜衣はMiky先生の言葉だと、すぐに思い込みから脱する良い癖が付いていた。
「よーし、今日は新たな水平線の引き方を教えちゃうんだし!・・・ンゴよ!」
(Miky先生、間違えたw 可愛いw)
亜衣はそう思いながら
「はい、教えてクレメンスです!」
と返した。
次回 第12話「5日目」
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