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第28話「交錯」

前回 第27話「89日目」


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ウォール街にて



亜衣は、世界トレードコンテストの決勝ラウンドに参加するため、ニューヨークはウォール街にあるイベント会場に来ていた。世界中の名だたるトレーダー達のうち亜衣を含めた10名が、円形に並べられた特大モニター付きPCデスクを備えた特設ステージにて決勝を行うことになっていた。

「さすが、世界金融の聖地ウォール街ね。独特の雰囲気があるわ。今回の大会からは参加者も世界中から募って、ギャラリーも数千人規模で入るみたい。生中継もされるし、ウォール街の本気度を感じるわね。

でも、緊張している場合じゃない。私はここで優勝して、世界に向けてアピールをしないといけないんだから。。。」

亜衣は明日から始まる決勝ラウンドに備えて会場の下見に来ていたが、事前にアイロン・マックスが各メディアに「うちから金融市場を変えるエースを送り込んだ。世界の度肝を抜く凄腕の奴だ。もしかしたら俺よりも救世主かもしれない。」と売り込んでいたせいか、関係者や他の下見の者達からの注目の視線を感じていた。

「おい、彼女じゃないか。あのアイロン・マックスが送り込んできたっていう刺客は。」
「凄腕のトレーダーには見えないな。まだ娘っ子じゃないか。」
「いやいや、あのイーロンのところのエースだ。また、とんでもない理論を駆使して凄いパフォーマンスをたたき出すに違いない。」

亜衣は、自分のことを見ながら噂話をする周囲の者達を一瞥してから、手元のスマホに目をやった。社内連絡用のネットワーク上にて、紛争地の避難民救済プロジェクトチームが現地入りしたという旨を確認した。

「マイさん、大丈夫かな。。。」

自分のことよりもマイのことが気がかりで、どうか無事にミッションを果たして欲しいと願うばかりだった。世界が驚くような次世代テクノロジーを駆使して紛争地で避難民を助ける様子をメディアにて世界に生配信する。。。そんな前代未聞のミッションを成功させ、世界中の活動家やデモ隊、政治家や企業、一般市民に至るまで「自分達もやるんだ。」「皆で立ち上がるんだ。」「次なる産業革命は世界平和のためのものにするんだ。」という流れを作るのが使命だった。

その流れを大きなものにするために亜衣が世界トレードコンテストで優勝して、その勝利者インタビューにて金融市場の在り方についてお金の在り方について世界に訴えかけなければいけない。そうすることによって、悪意に満ちたお金の流れを平和に向けたベクトルへ変えることが亜衣の使命になっていた。

ただ、ここに来ても亜衣はまだ、最後のワンピースともいうべき相場の真理についてつかめずにいた。このままでは他の猛者達を抑えて優勝などできない。どうするべきか。。。

亜衣はMiky先生のブログを見返しながら「どうやったら細かく波の往来を捉えることができるのだろう。境界角度だけではダメなのかしら。どうしよう。。。」

と追い込まれるのであった。


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紛争地にて

東西に分裂した連合体の境目にある紛争状態の某国、その中でも最も戦闘が激しいと言われるある半島では、もはや政治体制は崩れ自警団的な私設軍が何とか敵の猛攻に抵抗していた。

多くの市民は故郷を離れ避難をしていたが、様々な事情で戦闘中の市街地に残された市民も少なからずいた。

町の施設や建物はほとんど壊され、敵軍に制圧されるのも時間の問題になっている中で、残された市民の多くは地下鉄の駅を利用した避難所にこもっていた。

マイが率いる〝国境なき支援団”は赤十字のマークを付け、激戦地から100kmほど離れた所に拠点を構えていた。避難所に物資を届け、出来る限り多くの市民の疎開を手助けする任務だった。メンバーの多くはアイロンが展開するグループ企業の精鋭達で、それに加えて現地の地理や軍事に詳しい政府関係者と戦場カメラマン達で構成されていた。

マイは用意していた遠隔操作型ビークルと超小型ドローン、また、物資運搬用の最新型ロボット等の次世代テクノロジーを駆使した装備を投入し、激戦地に分け入っているところだった。

「チ、チ、チームの皆さん、聞いてください。 い、今さら言うまでもなく、私達がここに来た使命は平和へ向けての活動のためですが、、、こ、今回の活動は来たるべき人類の大きな岐路に際して、、、『愛に満ちた世界』へ向けての潮流を作るための人類史上最大のミッションとなります。

大げさでも何でもなく、人類は今分かれ道に立たされています。ここで多くは語りませんが、軍事技術やウィルス兵器の開発、食糧問題や温暖化、人口過多や政治の腐敗、、、そして金融市場の崩壊。。。

これらに即して人工知能の波が一気に世界を覆いつくそうとしています。今まで以上に富めるものは富み廃れる者は廃れ、弱肉強食によるディストピアへ行きつく、、、何もしなければ本当にそうなりかねない、人類史上の大きな山場なのです。

今回の私達のミッションは、、、文字通り『人類救済』のための大きな意味があるものです。」

マイは体を震わせながらも強い眼差しで世界中から集められた支援団のメンバー達に向けて宣言した。

「避難所では一刻も早い物資の到着と疎開のための救援が待たれています。さっそく、、、乗り込みましょう!」

メンバー達と一緒に機材や物資の準備に取り掛かりながら、マイは首から下げたペンダントに軽くキスをした。中にはお守りとして父親と一緒に撮った写真と、、、あの日命を助けてくれた日本人のお姉さんの形見である彼女の家族の写真が重ねて入れられていた。

ガラガラガラ!ドシャーッ!!

余震が続く最中、ついに幼いマイとお姉さんが籠っている建物も崩れ始めた。大きな揺れの影響で上階の負荷が掛かった瞬間、マイの脚にのしかかっていた瓦礫が運良く横にズレた。

と、その瞬間にドンッ!っとマイの小さな体が外に押し出された。建物はそのまま大きな音を立てて崩れてしまった。。。

後から避難所の簡易ベッドの上で目を覚ましたマイは事のしだいを救助隊から聞かされながら、ポケットの中に入っていた小物入れに気付き中を見ると、お姉さんを含めた家族写真入りのペンダントが入っていた。ただ、名前や連絡先は書いておらず、また瓦礫の傍にあった彼女のものらしいリュックも見つかった時にはすでに空だったらしい。

マイは、拠点からベースキャンプ地までの移動用の車に乗りながら自分の首に下げているペンダントを握りしめ、「大丈夫。きっとうまく行く。大丈夫。ここで引いたらいけない。。。」と自分に言い聞かせていた。

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幼少時代



「ユーリ!ユーリ!」

外は息さえ凍り付くような寒さだが、吹雪が止んで空一面に星々が煌めいていた。男の子は母親の呼ぶ声が聞こえているのかいないのか、膝まで雪に埋まったまま夜空を見上げて立っていた。

ザクザクザクッっと母親が家から出てきて雪をかき分けるように息子に歩み寄り抱きしめた。

「ああ、この子ったらこんな寒い日に上着も着ずに外になんか出て! 風邪引いたら大変よ。お医者様だってこの雪じゃ来られないのよ?」

母親は息子に上着を着せながら言った。

「さあ、これを飲みなさい。熱いからゆっくりすするのよ。」

日本製の魔法瓶に入れたスープをカップに注ぎ、息子に飲むように促した。酸味がかったスープにオニオンの香ばしさが効いている。昔隣国から伝わってきたこのスープは今やこの国を代表する伝統料理で、各家庭によってアレンジされたおふくろの味でもあった。男の子はズズズーッとスープを飲むと、「ぷはぁ〜っ!」と美味しそうに白い息を吐いた。

「マーマ、今日はオリオン座が綺麗に見えるよ!ねえ、〝ソユーズ”に乗ればあそこまで行けるかな?」

男の子は物心ついた頃から星が大好きで、毎晩のように夜空を見上げていた。

「ソユーズは月に行くためのものでしょ。でもどうかしらね。ユーリが大きくなる頃にはどこまでだって行ける宇宙船が発明されてるかもしれないわね。」

母親は幼い息子の夢を壊さないように答えた。

「マーマ、本当? 僕、大きくなったら絶対宇宙飛行士になるんだ! そしたら宇宙からマーマに地球の写真を送ってあげるね。あ、英語もフランス語も日本語も勉強しなきゃ。だってソユーズにはいろんな国の人が乗るからね! ソユーズは〝連邦”って意味だけじゃなく、〝団結”って意味もあるんだって!人類みんなで協力すれば、あのオリオン座までだってきっと行けるよ!」

男の子は空で輝いている星々以上にキラキラした目で言った。

「そうね。ユーリの言うとおりね。あなたが大きくなる頃には、ヨーロッパだけじゃなくて世界共同体だって出来ているかもしれないわね。
さあ、もう冷えるからそろそろ中に戻りましょう。」

と母親は息子が飲み干したスープのカップを魔法瓶の蓋として付け直すと、手を繋いで玄関へと入って行った。

空には大きな流れ星が煌めいていた。

次回へ続く


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