第27話「89日目」
前回 第26話「分身」
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会長室にて
世界トレードコンテストが始まって1ヶ月が過ぎ、決勝ラウンドに進む者が発表されるこの日、亜衣はボスに呼ばれて会長室にいた。
「大丈夫なんだろうな?」
と聞くボス。
「はい、予選突破は問題ないと思うんですが、、、他の猛者とも言えるトレーダー達数人に大きく遅れを取っています。。。」
亜衣は1ヶ月間のトレードにおいて、〝境界角度”を節目に往来する値動きを読み、普通のレベルから考えると常人離れをした倍率で予選を終えていた。
ただ、世界は広い。そんな亜衣を越える逸材達がプロアマを問わずに集まり、亜衣は予選7位での通過だった。
「やっぱり上には上がいます。でも、自分としても今が最上のトレードをしているつもりはなくて、最後のワンピースが足りない、、、そんな感じがしています。。。」
亜衣は意識が覚醒して以降、チャートを自分都合ではなくありのままに捉えられるようにはなっていた。そのおかげでデイトレードを重ねつつ毎日プラス収支で終えることが出来るようになっていた。
ただ、波をより細かく上下に取っていくには、天底をゾーンで捉えるだけではなく波動の出来る仕組みそのものを理解しなくてはいけなかった。
そうでなくては他の猛者達が決勝ラウンドで実力をいかんなく発揮した時には太刀打ち出来るはずもなかった。
「うむ、トレードの詳細については俺がアドバイスできることもないがな、、、何事も〝初心を忘るるべからず”と言うし、一度チームのメンバーの助けも借りながら振り返りをしてみると良いかもな。」
とアイロンが言った。
「はい、ボス。そうします。私は何が何でも優勝しないといけないんです。そうでなければMiky先生を、マイさんを、、、、」
とその目は相場でもなく自分の行く末でもなく、かけがえのない人の命運を自分が救うんだ、そうすることで世界をも救うんだという使命を感じて前を見据えていた。
「そのマイなんだがな。。以降ニューヨークの自分のチームを離れて、、、行方が知れないんだ。」
とうつむくアイロン。自分のやっている衛星電波のシステムを無償で彼の地に提供したのも、娘のマイが原因となったかもしれない集団疎開地の被害に対して、何とか報いたいという気持ちもあった。
「マイ、早まるなよ。早まるんじゃないぞ。。。」
と念じるように呟くアイロン。
とその時、アイロンのスマホが鳴った。マイからだった。
「おい、マイ! 元気か?あー、今どこだ? 思い詰めてるんじゃないだろうな? 飯はちゃんと食べてるのか?」
とそれは希代の天才起業家というよりは、完全に娘を案じる父親の顔だった。亜衣も両手を合わせて胸の前で握りながら会話を見守った。
「あはは、何それダディー? ご飯くらい食べてるよ。でも、久しぶりにダディーの作ったアップルパイが食べたいかも。」
と元気そうなマイにほっと胸を撫で下ろすアイロン。
「ダディー、私ね、決めたの。やりたいことがあって。ダディーのお友達が作ったっていう最新型の次世代ホログラム機、あれ使えないかしら?」
渡辺社長がメディア事業の一環として開発したホログラム技術だが、今や何もない空間に本当に生き物や建物を本物と見間違うばかりのリアルさで映し出せるレベルになっていた。
リアルホログラム
https://tabi-labo.com/206178/whalegymnasium
「ん、ああ、Kojiとはお互いの事業を逐一シェアしているからな。機材やソフトを使おうと思えばすぐにでも使えるが、、、でも何に使うんだ?」
と聞くアイロン。好奇心というより、思い詰めた娘が暴挙に出るんじゃないかと心配している様子だった。
「ダディー、私のね、分身を送り込もうと思うの。。。」
マイはもしかしたら自分のせいで犠牲が出たかもしれない彼の地に今にでも駆けつけたい気持ちだった。駆けつけたところで何もしてあげられないかもしれない。いくら神がかった頭脳があれど、現場に行けば1人では何も出来ないことを思い知らされるだけかもしれない。
それでも子供達の所へ駆けつけ、「大丈夫。そばに居てあげる。」と言ってあげるのが自分のやるべきことなんだという思いが日に日に増していた。
「そうか!マイ、ホログラムでそこにいるかのように見せて、その映像をメディアに乗せるっていうんだな? 通信機器とリンクさせれば現地の人間と会話だってできる。ジャーナリストとチームを組んで、取材班としてホログラムでリアルな状況を伝えられるな! 宣伝効果もバッチリだ。」
渡辺社長が開発したホログラム映写機は、超小型のドローンから発するレーザーで映すようになっており、その映像はとても立体的に見え、まるで実物がそこにいるかのように見えるものだった。
超小型ドローン
https://japan.cnet.com/article/35119266/
「うん、ダディー。私、どうしても現地の子ども達に声をかけたいの。 そうすることが私の使命のような気がするの。。。」
とマイは今まで常人以上に早い時期から高いレベルで考えて来た「何のために自分はここにいるのか?」という問いの答えを見い出せるかもしれないという感じで言った。
いや、見い出そうというより、もう理屈ではなく何かに背中を押されて行かねばならないような、そんな心持ちでもあった。
「マイ、そういうことなら俺も全力でサポートするぞ。資金の調達なら任せておけ。あちらさんの政府の許可も大丈夫だ。なーに、こないだの衛星電波の無料提供の件で信頼関係はある。今回だって、攻め込まれた地域がどれだけ辛い目に遭わされているかっていうのを世界に広めるためのミッションだからな。賛同してくれるだろうさ。」
とアイロンはマイが自ら乗り込むわけではないと分かり、また、盟友の渡辺社長のツールを使うことで繋がった縁に喜びを感じていた。
「うん、ダディー、ありがとう。じゃあメディア班と入国の準備が出来たらまた連絡するね。」
と会話を終えた。
亜衣は事の流れを説明してもらい、「私がコンテストで優勝して、世界の金融界・財界にこのことをアピールしなければ。そして、マイさんの悲願、いや人類の悲願である和平へのきっかけを作るんだ。」と誓うのであった。
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回想
「大丈夫かな。私、大丈夫かな。。。?」
マイは自問自答していた。紛争の続く国へ行くことに対してではない。幼少期から極度の対人恐怖症で、今でも研究開発やチームへの指示は独自のラボからリモートでやっている。直属の部下でさえ、実際に顔を合わせたことがほとんどない。
時代に先駆けてリモート技術を使い、「仕事はどこからでも出来る。出来る人間はコスパを重視する。」というイメージが勝手に広がったおかげで、余計に他人と接する機会をほとんど得ないままここまで来た。自らをAI化したMAIには人見知りの性質はコピーしてなかったため、彼女に自分そっくりのアバターを紐づけて代理を頼むこともあった。
デジタルヒューマン技術https://twitter.com/usutaku_com/status/1669872152240324608?s=20
それでも今回は自分がチームを率いて、彼の国の政府機関が用意してくれる作戦本部までは生身の体で乗り込むことにしていた。そうしなければこの先も自分の足で歩んで行くことなど出来ないと思った。
「ここで引いてはいけない。」
父のアイロンに幼い頃から背中で教えられた姿勢、それを今自分がやらねばという気持ちだった。
そしてその父の姿勢から、引き取られる前に養護施設に入る原因となった、ある大きな出来事を思い出すのだった。
◇
90年代末、世界がノストラダムスの大予言通りに破滅するのかどうかを特集する番組も多い中、本当に世紀末かのような地震が世界で相次いでいた。
幼いマイが暮らしていたロサンゼルス近郊のサンタモニカを震源地に、後にアメリカ最大級の被害となった巨大地震が起きた。高速道路が橋桁ごと横に倒れ、倒壊するビルも1つや2つではなかった。
その頃には、言葉はスムーズに出なくともすでに常人よりもはるかに数学的にはるかにリアルに世界を捉えていたマイだったが、地面が縦揺れするその現実にさすがに思考停止をした。
1回目の本震では、たまたま公園内の広い芝生ゾーンにいたため命は助かった。が、その数日後に同規模の余震が来た。本震で弱っていたマイの家を含めて、またさらに被害が拡大していた。2回目の揺れはマイが自宅で分解したラジオの部品を眺めている時だった。3歳のマイの小さな体が宙に浮いたかと思うと、まるで巨人が家ごとシェイクしているかのように激しい揺れを感じた。
「誰かいるか!?生きてる奴はいるか!!」」
大人の声が聞こえて来たのをきっかけに倒れている自分に気づき何とか薄目を開けると、押しつぶされた瓦礫の隙間から生存者を探して回る大人達が見えた。
「Help…」
マイは声にならない声を出して助けを求めるも、気付いてもらえない。喉がカラカラで、のし掛かって来ている瓦礫の重みで今にもまた失神しそうだった。
何時間か経っただろうか、けたたましく鳴るサイレンの音が外から聞こえる中、頬っぺたをペロペロと舐める感触があった。
「にゃ〜ご!にゃ〜ご!!」
近所で飼われていた猫が、瓦礫に挟まって身動きのできないマイを見つけて、他の人間を呼ぶかのように大きく鳴いた。
「あ、あ、あ、、あなた、1度お魚をあげたのを、お、お、お、覚えていたの。。。」
マイは朦朧とする意識の中で、日系スーパーで母親が買った刺身をひと切れ、その猫にあげたことを思い出した。
その時だった。
「あ!生きてる!生きてるの!?」
瓦礫に埋もれたマイと猫のほうをしゃがんで覗き込みながら手を伸ばす女性が現れた。
「今助けるから!動いちゃダメよ!!」
女性は必死に手を伸ばして何とかマイの腕を掴んだものの、マイの足が瓦礫に挟まっていて引っ張り出せない。何度か試みるも、下手に引っ張ろうとすると積み上がった瓦礫がバランスを崩して潰されそうだった。
「大丈夫、大丈夫だからね。動かないで。今お姉ちゃんが助けるからね!」
そう言って女性は何とか自身の体を瓦礫の隙間に潜り込ませ、添い寝と言えるぐらいのスペースまでマイのほうへ入り込んでくれた。
「ほら、お水よ。ゆっくり飲んで。」
女性はマイの上半身をさすりながら、「大丈夫、大丈夫。心配要らない。きっと大丈夫。。。」
と自分にも言い聞かせるように繰り返した。その体は恐怖からかブルブルと震えていた。
その時、また激しい揺れが大地を襲った。バキバキバキ!ドシャーッ!っと大きな音がして、マイと女性が埋もれている建物も、今にも全壊しそうだった。
それでもなお止まない揺れに、そこかしこで悲鳴が聞こえた。
マイは震える女性の手が自分を抱きしめるように包み込んでくるのを感じながら、
「お、お、お、お姉さん、に、に、に、逃げて。」
と避難を促した。
その時だった。
「何言ってんねん! お姉ちゃんが守ったるから! お姉ちゃんが絶対守ったるから!!」
日本語だった。マイは祖父母が日本人ということで、家には日本のアニメのDVDがあり、意味は分からないまでも日本語には触れており、女性の発音の種類から日本語だということは分かった。
「ううう、、、お姉ちゃんが守ったる。アンタは心配せんでええ。お姉ちゃんが守ったる。お姉ちゃんが、、、」
それは抱きしめているマイに対してというより、うわ言のような口調だった。
(このお姉さん、知り合いだったかな? なんで命をかけて私のことを守ろうとするの? 自分の妹と勘違いしている? 逃げて。崩れないうちに自分だけでも逃げて。。。)
マイは心の中でそう思いながら、揺れが収まるのを待つしかなかった。
しばらくすると2回目の揺れは収まったが、外ではまた怒号やサイレンが聞こえ、被害が拡大したようだった。
女性はさらに自分の体をマイのほうへ潜り込ませ、ついには覆い被さるぐらいに密着して守ろうとしてくれていた。
「お姉ちゃんね、こう見えても地震のプロやねん。大学っていうところで、地震の研究をしてたんよ。今の揺れは〝余震”って言ってな、おまけみたいなもんやねん。もう心配要らない。そのうち大人の人が助けに来るからね。
それまでお姉ちゃんがそばにいてあげる。心配要らないよ。そばにいてあげる。。。」
女性はマイの頭をさすりながらそう言ってくれた。マイは幼いながらに、その女性が強い情念を抱いて自分に寄り添ってくれているのを、今にも自分の命が潰えるかもしれないその時に魂で感じていた。
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