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八月の真昼にて

八月の真昼だった。駅から外に出ると一番に山が近いな、と思った。盆地である京都の市内で生活していると、どこか遠くに、しかし常にそっと山の気配がある。だがここは山が近く、舗装されたアスファルトと立ち並ぶ民家の生活感と山の濃い緑のコントラストが美しい。蝉の鳴き声が耳に痛いほどうるさかった。

歩きだすとすぐ首筋に汗がにじんできた。ちょうど一番高い位置に登っている太陽の日差しを受けて、熱されたアスファルトに私の影が濃く落ちている。このまま影が地面で焼き切れるんじゃないかと思うほど暑い日だった。

しばらく迷いながらもわたしはそこにたどり着いた。重い扉を開けると室内はすこし薄暗く、不思議とひんやりしていた。小型の水出しコーヒーの機械からぽたりぽたり、と水滴が垂れている。訪ねてきた旨を伝えると、彼女は部屋の奥から現れた。真夏日に訪ねてきた私をねぎらいながら、細長いグラスでアイスコーヒーを差し出してくれた。近くにある簡易の椅子に腰かけるとグラスはもうすでに結露して水滴をたたえていた。

「趣味は何?」

「読書が好きです。」

「いま何読んでるん?」

「フランソワーズサガンです」

「わたしらが若い頃によう読んだなぁ」

そう母のように笑うので、わたしはなんだか妙に嬉しくてその時から彼女を敬愛せざるを得なかった。

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