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「痛みに強いんですね」という言葉を、今でもおまじないのように持ち歩いている

歯科手術をした。手術といってもストレッチャーに乗せられるような大きなものではなく、【親知らずを抜く】の2乗程度。顎変形症の治療の一環で、口の中の骨にアンカースクリューと呼ばれるネジを埋め込むのだ。


大学病院の薄暗い廊下。歯医者さん特有のドリルの音がする。怖くないと思っていたはずなのに足が震える。タオル生地のハンカチを握りしめぎゅっと目を閉じた。10年前、息子を出産した際に「痛みに強いのね」と褒められた(そう思い込んでいるだけかもしれない。鈍感だという嫌味だった可能性もある)経験を思い出す。私は痛みに強いから大丈夫だ、大丈夫。

名前を呼ばれ診察ブースに案内される。ギョッとした。見学の歯科大生が約10名程度、診察台を取り囲んでいるではないか。患者として出向いたつもりだったが、どうやら私の思い違いだったようだ。物珍しい手術を目の前にして好奇心を隠しきれていない者、同情のような視線を向けてくる者。お父さん、お母さん、私は研究用マウスになりました。


診察台に座らされ、エプロンをかけてもらう。学生たちが身を乗り出して私をの方を見ている。

マスクを外し、2人がかりで口を固定される。恥ずかしいことに口周りの産毛を剃っていない。その上ニキビもできている。前日にチョコレートを食べすぎたことをここで後悔することになるとは。羞恥心でどうにかなりそうだ。

子供用歯磨き粉のような甘い麻酔を塗られる。正直身体の痛みはどうでもいいから早く終わって欲しい……。それよりも、未来のある若者たちに、コンプレックスである口元をじろじろと見られることの方がつらい。数ヶ月前に茶色に染めた髪の根元が黒くなっていることや、来る途中の雨でびしょびしょになった靴に、誰も気付かないでいてくれますように。



あれこれ思考を巡らせているうちに、手術は終わっていた。
手鏡を渡され覗き込む。歯茎と上顎に2本、銀色のネジが埋められている。ピアスみたいでかっこいい。悪いところを矯正するための器具なのに、何だか誇らしい気持ちだ。


帰りしなに麻酔が切れ、頬に激痛が走る。施術中に嗅いだ、先生の柔軟剤の香りを思い出して気を紛らわす。やっぱり痛みに強くて良かった。


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