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ショパン、ピアノそしてキューバ

ショパン国際ピアノ・コンクール(ショパコン)のようすを、動画配信で視聴していた10月。

審査発表を待つあいだ、「コンクールが終わったら何をしたいか」と聞かれ、「ゴーカート」と答えた異色のピアニストがいました。

優勝したカナダのブルース・リウさんです。

ブルースさんの演奏は、カーレーサーのごとく、疾走する感じだけど、聴く人を置いてけぼりにしない。一緒に走ってくれるような自然体の心地よさがある。輝くようなキレのある音の並びも、調和がとれて気品がある。

と、「もっと聴いていたい」と思わせられた、理由を挙げてみました。

ブルースさんは経歴も「型破り」。8歳でピアノを始め、バイオリンも弾き、毎日泳ぎ、テニスや卓球も好き、囲碁やチェスにも夢中なのだとか。

3歳ぐらいからピアノにかじりついて離れないぐらいの情熱がないと、演奏家にはなれない、と信じていた私のイメージはひっくり返りました。

エネルギッシュな演奏スタイルゆえ、「ブルース・リーがピアノを弾いているみたい」とショパコン中に何度も言われ、「このあと、空手も始めようかな」といたずらっぽい笑顔をみせていたブルースさん。

ピアノに惹かれたのは、「もっとも簡単に、感情を表現することができた」からだそう。

弦楽器や管楽器なら、音を出すだけでも「大変」なのです。

ピアニストは、メロディを奏でたり、一音を響かせたりするだけでも、多彩な感情を織り込むことができる。

日本人で4位入賞の小林愛実さんの演奏を聴いていたら、わきあがる感情とともに情景が浮かんだり、理由もわからず涙が落ちたことがありました。

印象的だったのは、「どうして明るくショパンを弾くのですか」と聞かれた、3位入賞のスペイン出身、マルティン・ガルシア・ガルシアさんが、こう話していたことです。

「暗い感情があるからこそ、明るい感情がある。だから、明るさを表現するとき、反対側にある感情も一緒に表している」

なるほど。

わが身を振り返って、文章を書くとき、「複雑な感情を表す言葉が見つからない」ときがあります。

たとえば、キューバの「空気」にふれてわきあがる思いを表現したいとき。

日本語でぴったりくることばが見当たらないのです。「趣がある」という意味でいえば、「あはれ」や「いとをかし」が近いかもしれない。でも、キューバの空気を表すには、しっくりこない。

もしハワイの空気にふれてわきあがってくる、「癒し」の感情を表すなら、英語の「ヒーリング」より、ハワイ語で「愛」の意味もある「アロハ」のほうがよさそう、という感じに近いかもしれない。

ピアノなら、いや、正確にいえば、「すぐれたピアニスト」なら、「うれしいけれどどこか切ない」とか「絶望のなかに希望も見いだせる」といった、相反するような感情もそのまま伝えることができる。

そんな表現の奥深さを味わえたのが、「ショパコン」だったのです。

私はいつか、キューバの空気感を表現する「ことば」を見つけることができるのでしょうか。

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