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匂いと記憶についての考察

「プルースト効果」という言葉をご存知だろうか。マルセル・プルーストの小説の中に、マドレーヌを紅茶に浸したものを口にした瞬間、昔の記憶が瞬時によみがえってきたという下りがある。香りが記憶を蘇らせるパワーについて、著者であるプルーストの名前がつけられたのだ。

この言葉は一人歩きし、香りがあたかも魔法であるかのような印象を人々に与えている。そして、香りで何か、たとえばプロジェクトやイベントなどを企画するにあたり、まず「プルースト効果」を狙ったものをと、ビジネスシーンだけでなく研究開発や学術分野でも期待される昨今だという。

当然アーティストである私にもそんな期待が寄せられるわけだが、これまでは頑なにこの言葉を避けてきた。理由は2つある。嗅覚は個人的な知覚だし、さらに記憶はもっと個人的なものなので、いずれもより普遍的には共有することはできない。なら、展示では、センチメンタル感・郷愁感に訴えるしかなくなってくる。しかし私は、過去の記憶があまりない方だ。私の記憶をみなさんと共有する展示って、どこがおもしろいのですか、とかえって聞きたい。

もうひとつの理由は、記憶との結びつきが強い感覚なんて、何も嗅覚に限らないのでは、という点。たとえば元彼や元カノをイメージしてみてほしい。その姿かたち、しぐさや声なんかは、マインドの中でけっこう描けたとしても、匂いを描くことは少しもできないのでは? 「えっと、んー、そう! 心地よくなる感じの匂いなの!」とかなりざっくりした描き方になってしまうだろう。視覚や聴覚の方がよっぽど記憶の解像度は高いはず。

たしかに、元カノのつけていた香水を嗅いだらグッときて、、、といった話はよく聞くし、わからないでもない。でも、そんな人は、写真を見たり、音声の録音を聞いたりしてもグッとくるよね? どうして嗅覚だけがこんなに「記憶との結びつきが強い」なんて思われているんだろう。

私なりに考察するに、匂いが「存在を示唆する」ことが関係してるのではないだろうか。

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