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第九話:年寄り同士

 大正最終年に生まれたぶっこちゃんは昭和と共に生きてきた。周辺の多くの民家同様、米の生産を生業とする百姓の家の長女として誕生し、ごく普通の少女として音楽の授業が好きだったり、友だちとかくれんぼをして遊んだり、目立つでもなく引っ込むでもない、ありふれた子どもとして成長していった。ぶっこちゃんの生まれた翌年から立て続けに妹が生まれ、最終的に七人姉妹の長女となったぶっこちゃんだが、その性格はリーダー気質というわけでもなく、どちらかと言えば長子にありがちな呑気さが表に現れた。マイペースで、何かにこだわるでもなく、適当に物事を済ませ、勉強もスポーツも中くらいといったところで、ごく普通の女学生生活を送った。
 思春期には隣のクラスの男の子を気にしてみたりしたが
「あんたは家継がなあかんから、しっかりした次男さんもらわなあかんねんで」
 気の強い母に言われているものだから、そういうものなんだと乙女心は素直に恋を封じていた。当時の大抵の女子が見合いで結婚することも知っていただけに、どういう人とお見合いするのだろうといったトキメキの方が大きかったのかもしれない。
 だがしかし、恋する年頃に戦争が勃発する。こんな村にまでは影響しないと高を括っていた村人にも、一人、また一人と召集令状が届いた。出征する男子は勇ましく、近所の宮さんに集まって出征式を執り行う。
バンザーイ!
バンザーイ!
バンザーイ!
 村から若い男の姿が消えていった。
 ぶっこちゃんの南野家は幸か不幸か若い男がおらず変わりない日々を過ごすが、ある日空の向こうの方で明るい光を見た。街の方面で、何かキラキラしたものが空から降っている。
「きれいやわぁ、花火みたい」
 ふいとつぶやいたぶっこちゃんの肩に手を置いて父の亀太郎が言った。
「あれ空襲や。焼夷弾落とされてるんやで」
 ぶっこちゃんは肩をすくめた。
 もしかしたら、そうした若い日の思い出が時間を超えて今のぶっこちゃんの頭を巡っているのかもしれない。
 その日しのぶは家に一人で居た。ぶっこちゃんは叔母のメイコに連れられて内科の定期受診に行っている。
「せっかくだから遊びに行ってきたら」と言うメイコに「うん」と適当な返事をして、そのまま家に居た。掃除する程汚れてもいないし、ごはんは昨日の残りがあるし、特にすることもないので書棚に見つけた「二十四の瞳」の文庫本を読んでいた。
 玄関正面の黒牛革のソファは居心地が良く、一度座れば立ち上がりたくない。まず来客は来ないと決め込んで、体勢を変えながら読んだり、居眠りしたりを繰り返した。
 まどろみの時間の経過は特に早い。外で物音がする。
「たーだいまぁー」
 高い声と共に玄関が開く。
 疲れた様子のぶっこちゃんはしのぶを見付けるや膨れた顔で言う。
「何言うてるかわからいん。向こうも年寄りやからなぁ」
 鼻息を荒らげるぶっこちゃん。
「あぁおかえり、いきなりどないしたん?」
 しのぶは本をソファにぽんと置いてメイコからぶっこちゃんの荷物を受け取る。
「ぶっこちゃんにそう言われたら先生もどんならいんわ」
 メイコがぶっこちゃんをたしなめる。主治医も結構なお年のようではあるが、ぶっこちゃん程ではあるまい。およそぶっこちゃんに理解されるよう話す技術は高度なようだ。
 顔を見合わせて笑う二人の間で訳が分からず一緒に笑うぶっこちゃんがいた。

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