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第28話:パンツの問題

 ぶっこちゃんのパンツが不足している問題は未だ解決しないまま日ばかり経過していく。
 新しいものを買ってそっと置いておけば良いのかもしれないが、そこは本人の同意をとりたいと考えるのがしのぶの生真面目さであった。
 パンツが無い原因について、しのぶは思い当たることが無くはない。デリケートな話題なので本人はおろか誰に相談することもできないでいるが、恐らくは粗相して汚してしまうのだろう。これまでの入浴中に、そうなってしまった悲しげなパンツを何度か目撃している。都度、こっそり手洗いしてから洗濯機に投入していたしのぶだったが、このところはパンツの代わりにズボンを洗う状況に陥っている。
 ぶっこちゃんが、最近はお風呂を嫌がって入らないので、そのズボンは時々トイレに放置されていたり、寝室の隅にあったりする。
 そうした様子から、パンツは小さいので容易にゴミ箱に投入できるが、さすがにズボンを捨てるわけにはいかず、隠してしまうのではないかとしのぶは推測している。
 毎日、ぶっこちゃんのズボンを洗っているのだが、その行為自体、苦ではない。ゴム手袋をするし、一瞬息を止めれば苦痛は無い。
 心配なのは、ぶっこちゃん自身が困っているのではないかということである。いや、困っているに違いないのだが、誰にも言えないから隠してしまうのだろう。
 そんなことを考えながらズボンを洗っているところに、ひょいとぶっこちゃんがやってきた。
「どうしたん?」
「パンツがなぁ……あの子ら持ってってしもたんや」
 ちょっと、気恥ずかしそうにしながらも、困った様子で訴えてくるが、その視線は合わさない。
 あの子らというのは、ぶっこちゃんだけに見える架空の子どもたちである。
 これはチャンスかもと思ったしのぶは
「ほな、パンツ買ってもええかなぁ?」
 謙虚に聞いてみた。
「買ってもええよ」
 えらく素直である。恐らくは、困り感を感じたのだろう。
 いとも容易く解決の途に向かうことができた。
 こんな些細なことではあるが、しのぶにとっては結構な幸福であった。何より、ぶっこちゃんがデリケートな話題にも応じてくれるようになったことが嬉しい。
 今後加齢が進めば益々困難は増えていくだろう。特にシモのことについては色々と出てくるだろう。だからこそ、まだましな今の内からそうしたことを気軽に話題にできるようにしておきたい。
 その、一歩を進めた気がした。
 さて、次なる課題は一週間お風呂に入っていない問題である。
 ただしこれはパンツのように買えばオッケーというわけにはいかない。
 お風呂に入るのは、確かにしんどい。だが、誰かに手伝ってもらうのは嫌らしい。せめて体を拭いてくれたらいいんだけど。
 自分の臭いが分からないというのは困る。私が言っても、嘘だと言われるだけだしなぁと、しのぶはまた考え始めてしまっている。根気良く説得するしかないのかな、説得って苦手なんだけどな。
 とにかく、パンツの件だけでも解決して良かった。今後も、何かしら問題は起こるだろうから焦らず、どっしりと構えていなくっちゃ。
 ふと、用事が済んで行ってしまったと思っていたぶっこちゃんが舞い戻ってきた。
「ええ天気やなぁ、うちの屋根の上にお陽さんいてくれてはるんやな」
 そんなぶっこちゃんを見ていると、自分だけが悩むなんて馬鹿らしいと思えてきた。
 いやきっと、ぶっこちゃん自身が悩んでいたことが一つ良い方向に向いて喜んでいるのかもしれない。
 とりあえず、このあとパンツを買いに行こうと思うしのぶである。
 

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