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『たのしいムーミン一家』旧版・新版比較_第2章①

旧版と新版とでは大きく改訂されている
『たのしいムーミン一家』の比較
第1章についてはこちら↓

さて第2章は章の初めに描かれている
イラストの場面から。

(左)1948年版 (右)1968年版 出版社が原画を紛失してしまったために描き直された。翻訳版の原書のバージョンを見分けるには、変更箇所が多いこの場面の挿絵で判断するのが手っ取り早いと思う

【旧版】
「あいつは、だれだい。」
スノークが声をひそめていいました。でも、みんなはただ首をふって、いつまでもムーミントロールを見つめているだけでした。
【新版】
「あの人、だれなのかしら」
スノークのおじょうさんが声をひそめていいました。でも、みんなは首をふって、いつまでもムーミントロールをただ見つめているだけでした。

新版『たのしいムーミン一家』はP36

またもや発言元はどっち?
おじょうさん?スノークなの?問題。
原文を参照するとどちらの版も
Vem är det där? viskade Snorkfröken.
Snorkfröken=おじょうさん
となっているのに対して英語版は
"Who's that?" whispered the Snork
つまり、スノークとなっている。


【旧版】
「ぼくたち、いっしょに生まれたのさ。だけど、あいつはきみも知っているとおり、しょうのない不良でね。家の中をさがしたって、いやしませんよ
【新版】
「ぼくたち、いっしょに生まれたのさ。でもあいつは、とんだうぬぼれ野郎だからね!こんなせまい部屋に閉じ込めておくのは無理だよ

新版『たのしいムーミン一家』はP39

ここを原書を参照するとどちらの版も
Men han är en riktig stropp, vet ni! Man kan knappt ha honom i möblerade rum!
となっている。まず前半の
riktig stroppというのは「実に高慢ちきな奴
といった意味で「不良」とはニュアンスが違う。
となると、英語版は?
"But he's an impossible fellow,
なるほど、それなら「手に負えない奴」
「どうしようもない輩」あたりなので
「しようのない不良」になるのは納得。

そして後半の
Man kan knappt ha honom i
möblerade rum!
は直訳すると
「彼を家具付きの部屋に置くのは
ほとんど無理だ」となるのだが、
「家具付きの部屋」に特別な意味があるのかが
きっちり追うことができなかった。
「家具付き」=「お仕着せ」と解釈して
当初は「しょぼい家」にしたが、
「家具がいっぱい」→狭いとなった(が、
もっとぴったりの訳があるかも)。

ここの英訳は
you know! You simply can't have him in the house!"
となっていて、「彼を家の中にとどめておくのは
どうにも無理」→「どうしようもない不良」だから
「家の中になんていやしない」としたのだろう。

さらにこの会話の続きで:

【旧版】
「ほんとかね?ぼくにいわせりゃ、あいつはまったく、あくまにみいられたやつさ
【新版】
「まったくね!あいつはまったく、きらわれものの疫病神さ

新版『たのしいムーミン一家』はP39

ここも原書はどちらの版も
Jag tycker Mumintrollet är en riktig pest, jag.
となっている。
riktig(本当に)pest(疫病、厄介事、天罰、
害獣、モンスター等々)なのでバリエーションは
色々考えられるが、ここは「きらわれものの
疫病神」とした。
英語版はというと
"Personally I think he's an absolute pest"
なので旧版の「あくまにみいられたやつ」も
なるほど訳である。


【旧版】
そんなわけで、いよいよ本気になっておこりだしたときは、もう手おくれでした。
【新版】
そんなわけで、ようやく怒りに火がついたときには、手おくれでした。よってたかって、手やしっぽでたたかれたり、どなりつけられたりしていたのです。

新版『たのしいムーミン一家』はP40

ここの違いは英語版の訳抜け。原書では両版とも
han låg underst i en boxande och skrikande röra av armar, svansar och tassar.
(直訳すると「腕や尻尾や手でパンチされ叫ばれる大騒ぎの輪の底に彼は横たわっていた)という文章が「手おくれでした」の後にあるため
新版では上記の一文が追加になっている。


そしてこの騒ぎを聞きつけて台所から出てきた
ムーミンママに状況を説明するおじょうさんは、

【旧版】
「みんなでカルフォルニアの王さまをやっつけてるところなの。あんなやつ、そうされたって、あたりまえよ。」
と、スノークのおじょうさんがいいました
【新版】
ママがさけぶと、スノークのおじょうさんが泣きじゃくりながらいいました
「みんなでカルフォルニアの王さまをやっつけてるところなの。あんなやつ、そうされたって、しかたないわよ」

新版『たのしいムーミン一家』はP40

原書にはsnyftade Snorkfrökenとあって
snyfta=sob(泣きじゃくる、しゃくり上げる)
となっている。
英語版はというと、sniffed the Snork Maiden
とあるので、何よ!ふんっ!という感じで
ちょっとニュアンスがずれてしまうような。
(いずれにせよ、旧版では訳出されていないが)


【旧版】
「こいつらのほうで、けんかをしかけてきたんですよ、ママ。三人もでひとりにかかってくるなんて、男らしくないねえ。」
【新版】
「ママ!あっちが先に手を出してきたんだ。三対一なんてずるいよ

新版『たのしいムーミン一家』はP40

ムーミントロールがママに説明する場面。
原書はというとどちらの版も、
Mamma! skrek han. Det var de som började! Tre mot en, det är inte rättvist!
となっており、
rättvist=公平
を否定しているので(inte)
フェアじゃない!ということになる。
英語版を見てみると
Three against one! It's not fair! なので
旧版は……昭和ならそう表現しがち
といったところか。


そして晴れて元の姿に戻ったムーミントロールに
ママが言葉をかける場面。

【旧版】
「もうだいじょうぶよ、ぼうや。」
こういってママは、つけくわえました。
「ね、なにがおこたって、わたしにはおまえが見わけられたでしょ」
【新版】
「もうだいじょうぶよ、ほら、いらっしゃい。ね、なにが起こったって、わたしにはちゃんとあなたがわかるのよ」

新版『たのしいムーミン一家』はP43

ここの原書表現は
Kom i min famn, sa Muminmamman. Ser du, mitt lilla muminbarn kommer jag ändå alltid att känna igen.
となっていて、
Kom i min famn(直訳:私の腕に来なさい)
→ほら、抱っこ!とハグを促している。
英語版はというと、
"It's all right now, my dear," said Moominmammma.
なので訳出されていないのだが。
ねえムーミン、こっちおいで。
もじもじしないで~♪なムーミンママなのだ。


さてさて騒動がひと段落し、
あれは何だったんだ?!と
ムーミントロールとスノークが考察する場面。

【旧版】
「それじゃ、たぶんきみは、妖精の輪(月夜などに妖精が草の上にかく輪、その中にはいると妖精にばかされてしまう。)の中へはいっちゃったんだ。」
と、スノークはいいました。
【新版】
「それじゃ、たぶんきみは魔法の輪にでも入っちゃったのかもしれないな」
スノークは考えこみました。

新版『たのしいムーミン一家』はP43

原書を参照するとここは
Men du kanske råkade gå in i en trollring, funderade Snorken.
英語版は
”But perhaps you stepped into a fairy ring," suggested the Snork.
なので旧版は「妖精の輪」となっているが、
原書表現はfairy(älva)ではなくtrollであり、
ニュアンスとしては「魔法」なのだ。

そして"Trollringen"という歌もある。

https://www.rabensjogren.se/bok/9789187803543/trollringen

この指輪(Trollringen)から覗くと、誰も見たこともないものが見え、耳に当てると、誰も聞いたこともない音が聞こえ、足の親指にはめると、誰も行ったことがない所に行ける…という。
但しこれはLennart Helsingn作の
Trollringenであって、トーベが指しているものと
一致しているかは不明だが。

そして原書を参照すると
gå in i(go into)en trollringとあるので、
ringは指輪というより
空間としてのcircleだと思われる。
さらに、
この物語の原題タイトルは
Trollkarlens Hatt(魔法使いの帽子)だ。

ムーミントロールが変身してしまったのは
あの帽子(Trollkarlens Hatt)の中に入ってしまったからであり
これまでの一連の、そしてこれから起きる
摩訶不思議な出来事は、魔法ゆえのこと。
やっぱりここは、「魔法の輪」じゃなくちゃ、ね!


ところでムーミントロールが変身してしまった
際のしっぽは原書表現ではlampborste つまり
「ブラシノキ」となっている

1968年版の挿絵は衣装の影響でしっぽの露出が少なくなってはいるが、ブラシノキっぽさは継続

英語版では like a chimeney sweep's brush
となっているので旧版は
「えんとつそうじのブラシ」
となっているのだろう。

原書表現の en liten lagom svans の
logom(手ごろないい感じ)は
何を指しているのだろうか。
挿絵を見ると、しっぽの長さ自体は
元々のしっぽと変わらないかちょっと
長いくらい。となると、lagomは
元々のしっぽの先っぽが
柔らかそうなふさふさになっている
形状がlagomなのではないか。

ここの日本語訳は旧版から変更することは
叶わなかったが、かわいい「きれいな」
しっぽというより、ブラシノキしっぽと
比べて「ふさふさでいい感じ」とするのが
よいと思う。


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