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『たのしいムーミン一家』旧版・新版比較_第1章③

旧版と新版との違いを解説してみよう、の
『たのしいムーミン一家』の比較
第1章②はこちら↓

ヘムレンさんのコレクションアイテム候補を
めぐる会話のつづき。

【旧版】
「貝がらはどうかしら。」
と、スノークのおじょうさんが口をきりました。
「でなけりゃ、めずらしいボタンはどうだろう」
と、ムーミントロールがいいました。

【新版】
「貝がらはどうかしら」
「あとは、ズボンのボタンとか?」

新版『たのしいムーミン一家』はP30

旧版の元になっているであろう
英語版を見てみるとここは
"What about shells?" the Snork Maiden proposed.
"Or rarey buttons," said Moomintroll.
となっているため、日本語訳は
「めずらしい」ボタンとなっているのだろう。

では原書はどうなっているかというと
どちらの版も:
Snäckor? framkastade Snorkfröken.
Eller byxknappar, sa Mumintrollet.

byxsknapparというのは
ズボンのボタンのこと。
そのため、わざわざコレクションするものなのか?
と思いつつも上記の訳にしたのだが。

今になって改めて調べてみたら
なるほど、コレクションに値する
かなりのおしゃれアイテムであった。
(ムーミントロールが言っているものが
このようなジーンズのボタンかどうかは
不明だが……)

https://www.amazon.se/byxknappar-fasts%C3%A4ttning-jeansknappar-ers%C3%A4ttningsknappar-g%C3%B6r-det-sj%C3%A4lv/dp/B0BXX6XV5Z?th=1

「ズボンのボタン」だとピンとこないため
「めずらしいボタン」とするのも
よいかもしれない。
とはいえ、こういったボタンが
めずらしいのか、カッコイイのか、
かわいいのか、おしゃれなのか……
どう感じるかは人それぞれであり、
原書表現が単に「ズボンのボタン」
となっている以上、修飾語を加えない方が
やっぱりよいのだろうな。


さて、今後のコレクションアイテムが決まって
輝く笑顔のヘムレンさんについての描写。
※原書では作者注釈の形で欄外で説明されている

【旧版】
ヘムレンさんは、スカートをひろげると、――ヘムレンは、いつもおばさんから相続した服をきている。わたしは、すべてのヘムルがスカートをつけているとは思わない。ヘムレンさんがスカートをつけているのは、すこしへんだったが、それはそうだったのです。

【新版】
 ヘムレンさんは、スカートを広げました。ヘムレンさんは、いつもおばさんから相続した服を着ています。ヘムル族はみんな、スカートをはいているようです。少し変わっていますけど、そういうものなんですよ。

新版『たのしいムーミン一家』P32

旧版の元になっているであろう英語版は
The Hemulen always wore a dress that he had inherited from his aunt.  I believe all Hemulens wear dresses. It seems strange, but there you are. Author.
となっていて、 I believe……dressesが
逆の意味に、It seems strange が
seemsではなく断定になっている。

原書ではどうなっているかというと、どちらの版も:
Hemulen gick alltid klädd i en klänning som han ärvt av sin moster.
Jag misstänker att alla hemuler går i kjol. Det är konstigt, men det är så.
– Förf. anm.

Jag misstänker attはatt 以下(全てのヘムレンはスカートを
はいている)をmisstänker( suspect, guess , think)している、
つまり、確かな根拠はないけど、
そうなんじゃないかなと
思っているという意味になる。
また、Det är konstigtはkonstigt(odd , strange , funny, eccentric)だと断言しているが、でも、
それはそうなんだからと否定も肯定もしていない。

ややこしや。
では最後に、単純なフレーズをば。


【旧版】
「すみにおいてよ、ヘムレンさん。」
と、ムーミンママがさけびました。
「だってわたし、そこには、スープをおこうと思ってたんですよ。さあ、みんなそろいましたか。じゃこうねずみはまだねてるの?」
ばかみたいにさ。
と、スニフがいいました。

【新版】
すると、ムーミンママがいいました。
「すみに置いてくださいな、スープを置きますから。さあ、みんなそろったかしら。じゃこうねずみさんったら、まだ寝ているの?」
「うん、ブタみたいにね
と、スニフが答えました。

新版『たのしいムーミン一家』P33

(英語版)
 "Put it in the corner, Hemul dear," said Moominmamma, "because I want to put the soup there. Is everybody in? Is the Muskrat still sleeping?"
 "Like a pig" said Sniff.
ここは英語版はpig

(原書)
Flytta dig till hörnet, sa Mumintrollets mamma, för här ska soppan stå. Är alla inne? Sover Bisamråttan än?
Som en gris, sa Sniff.
どちらの版の原書もgris=pigとなっている。
恐らく豚の鳴き声のようないびきをかいて
まだグーグー寝ているという意味だろう。
スニフ、そこまで口が悪くはなかったの巻。


ところで、旧版と新版とでは挿絵の細部が
少々ことなるものがいくつかある。

これは、描き直しを必要に迫られたから、であり
その理由がトーベ評伝で言及されている。

https://www.filmart.co.jp/books/978-4-8459-2104-1/

 改訂作業は語句や表現の修正が主だったが、内容そのものに手を加えたものもあった。『たのしいムーミン一家』では……(中略)挿絵についても原画が行方不明になったものがあり、描き直しが必要だった。展示会へ貸し出したものや、出版社に預けた原画が紛失してしまっていた。『ムーミン谷の彗星』に至っては表紙と挿絵合わせて三十枚以上を描き直さねばならず、一九六八年初頭にトーベは出版社へ抗議の手紙を送っている。そしてこれを機会に、ムーミンイラストは必ずコピーをとり、また、安全のため原画はヘルシンキで保管することとなった。

『トーベ・ヤンソン 人生、芸術、言葉』第14章
(上)1968年版  (下)1948年版



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