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『たのしいムーミン一家』旧版・新版比較_第1章②

旧版と新版とでは大きく改訂されている
『たのしいムーミン一家』の比較
第1章①はこちら↓

では、つづきをば。

 【旧版】
 「そら、こうやってくずいれにしたらどう。これでまた、財産が一つ、ふえるわけだものね」
 こんなひにくをいったのは、スナフキンにとっては、どうしてみんなが持ちものをやたらにほしがるのか、わけがわからなかったからです。
【新版】
 「これでまた一つ、家具がふえたわけだね」
 にやにやしながら、スナフキンがいいました。どうしてみんながやたらに持ちもををほしがるのか、よくわからなかったのです。

新版『たのしいムーミン一家』はP19

「わけがわからなかった」と
「よくわからなかった」との違いは
原書表現による違いだ。

1948年版原書はförstod inteなので
「理解できなかった」であり、
英語版もここは
"Now you've got a new piece of furniture again," he said, grinning, for Snufkin could never understand why people liked to have things.
となっている。
1968年版原書は
hade sällan förståelse förなので
全然じゃないけど、ちょっとどうにも
よくわかんねぇなという感じ。

スナフキン、頭ごなしに否定はしていない
ということか。


【旧版】
しかしムーミンママは、大いそぎでさかなのフライをこしらえていたところだったので、こういっただけでした。
【新版】
しかしムーミンママは、大いそぎでピッティパンナ(じゃがいもとハムなどのいためもの)を作っているところだったので、こういっただけでした。

新版『たのしいムーミン一家』P23

原書を参照してみると
Muminmamman höll på med att laga pyttipanna och hade mycket bråttom.
となっており、pyttipannaの部分は
英語版ではrissolesとなっている。

rissolesというのはちょっと聞きなれないが
コロッケのようなもの。

旧版が出版された時代rissolesを
翻訳するのは大変だったと思う。
「魚のフライ」はなかなか上手い
訳ではないかと思う。

とはいえ、pyttipannaとrissolesとは
別物。pyttipannnaとは何ぞや?というと
じゃが芋と玉ねぎとソーセージやハム等を
炒めたごくごくポピュラーな家庭料理のこと。

(fukuya_三田さん、いつもリンクを貼らせていただき
 ありがとうございます!)

「肉じゃが炒め」だと
醤油味のものが頭に浮かぶため
カタカナ表記+注記で行こう、と決まったものの
「じゃがいもとたまねぎとソーセージやハムなどをいためたもの」
では長すぎる!とNGが出て、編集者さんからは
「じゃがいもとたまねぎのいためもの」
と返ってきたが
肉類は必須!野菜だけだとpyttipannaには
ならないんです!!と訴えて
(でも字数制限があり)
じゃがいもとハムなどのいためもの」となった。
冬眠明けにもぴったりの、有り合わせOK料理だ。


【旧版】
 しかし、庭のほうへおりていくと、スノークのおじょうさんとスナフキンが、あたらしいあそびを思いつきました。おたがいに雲を全速力でとばしていって、ボインとしょうとつさせるのです。それで、はじめにおっこちたほうが負けになるのでした。
「さあ、こい!」
こういってスナフキンは、雲を突進させました。しかし、おじょうさんはたくみに身をかわして、下からスナフキンを攻撃しました。
【新版】
 つづいて庭へ下りていくと、スノークとスナフキンが、あたらしい遊びを見つけていました。おたがいに雲を全速力で走らせて、ボンとぶつかり合い、先に落っこちたほうが負けになるのです。
「見てろよ!」
スナフキンはそうさけんで、両足で雲をぎゅっとおさえつけました。
「さあ、行け!」
でもスノークは、たくみに身をかわして、下から不意打ちをかけました。

新版『たのしいムーミン一家』P24

おじょうさんなの?スノークなの?!
原文を参照するとどちらの版も
Men nere i trädgården hade Snorken och Snusmumriken hittat på nånting nytt.「スノークとスナフキンが新しいことを見つけた」
となっているのに対して英語版は
But down in the garden the Snork Maiden and Snufukin had discovered a new game.
スノークのおじょうさんとなっている。
後半部も同様に:
(原書)
Men Snorken väjde skickligt åt sidan och anföll sedan lömskt underifrån.
(英語版)
But the Snork Maiden dodged cleverly to the side and then attacked him from underneath.
おじょうさんとなっていて、
旧版は英語版を忠実に訳してある。
とはいえ、三回戦目の開始を叫ぶスニフと
対戦相手のスナフキンを無視して
おじょうさんはムーミンとのお散歩に行ったのか?
と、英語版だと混乱してしまうのだが……。

ちなみに
「両足で雲をぎゅっとおさえつけ」ると
どうなるかというと、
新版P23で説明されているとおり。
英語版のように「突進させた」とするのも
一つの方法ではあるけれど、ここは
描写とおりに訳した。


さて、雲に乗って散歩にでたふたりは
憂鬱そうに歩き回るヘムレンに出会う。
理由を訊いてもお前さんたちにはわかるまい、
と返すヘムレンにムーミントロールが言う台詞。

【旧版】
「あててみましょうか。こんども、めずらしい切手をなくしたんじゃない?」
【新版】
「あててみるね。また、めずらしい印刷ミスの切手をなくしたんじゃない?」

新版『たのしいムーミン一家』P27

ここの原文は
Vi ska försöka, sa Mumintrollet. Har du tappat ett feltryck nu igen?
「印刷ミス」(いわゆる「エラー切手」)
となっていて、英語版では
"We'll try," said Moomintroll. "Have you lost a rare stamp again?"
「めずらしい切手」となっている。

エラー切手=珍しい切手ではあるが、
ここはエラー切手であることをきちんと
訳出したい。というのは前作で
こんな場面が出てくるのだ。

こうして、ヘムルもいっしょに、ムーミン谷へ向かうことになりました。彼をつれて歩くのは、なかなかやっかいでしたが、しかたありません。ときにはめずらしい印刷ミスの切手を落としたというので、探すために数キロもどらねなりませんでした。

新版『ムーミン谷の彗星』P168

これを受けての「また失くしたんじゃない?」
なのである。
そして、一向に気が晴れないヘムレンの台詞が
新旧版で大きく異なっている。

【旧版】
「あんなものがなんになる。このつぎの交換会には、きみたちはたぶん、わしの切手コレクションを手にいれられるだろうよ」
【新版】
「あんなものがなんになる。わしの切手コレクションは、トイレの紙にでもしてくれ!

新版『たのしいムーミン一家』P28

一体どういうこと?と参照してみると……
(原文)
Vad tjänar alltsammans till! Man kan använda min frimärkssamling till tuppapper!
(英語版)
"What's he use? You can have my stamp collection for the next paper chase."

原文の直訳は「人は私の切手コレクションをトイレットペーパー(またはティッシュペーパー)に使うことができる」なのだが、
英語版、トイレットペーパーに躊躇したか?

そして切手の次のコレクション候補を
提案する場面がまた大きく異なる。

【旧版】
映画のスターのブロマイドは?」
【新版】
シルクのリボンはどうかしら?」

新版『たのしいムーミン一家』P29

ここの原文は
Sidenband då?
英語版は
"Film stars then?" なので
またもや英語版の意訳か?と思いきや。
1948年版原書は
Filmstjärnor då? 
つまり「フィルムスター」となっている。

ここの旧版日本語訳は
英語版が1948年版原書を忠実に英訳したものを
旧版日本語版でもそのまま訳したため
「映画スターのブロマイド」となっている。

一方、新版ムーミンは1968年版原書がベースなので
「シルクのリボン」なのだ。

(その③に続く)

この挿絵は1968年版で追加された模様

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